ショートショート 先に待つもの

*はじめに
このショートショートは、フィクションです。

記憶に留めるのも辛いなら
すべて忘れてしまえばいい

忘れることも出来ないのなら
涙で流してしまえばいい

怖くてどこもいけないのなら
しばらくじっとしてればいい

けれど一番いいのは
はじめから何もしないがいい

僕は同じクラスの女のコに恋をした。

けれども、僕は、
彼女と話したこともない。

遠くから見つめる彼女は
それだけで十分に輝いていた。

僕はこれ以上の関係を望まない。
なぜ、望まなければならないのか。

誰かに彼女を奪われる前に、
自分のものにするために、

彼女に告白をしたほうがいいと、
友だちは僕に迫ってくる。

彼女に憧れて恋をしたことと、
自分のものにすることは、
同じなのかが、わからない。

とにかく、
付き合ってみなければ、
何も始まらないともいう。

いったい、
何が、
はじまるのだろう。

僕は彼女が好きで、
遠くから見つめるのが好きで、

僕の中のイメージに、
僕は恋をしている。

だから、
このままがいいんだ。

このままでいいんだ。

でも誰かが、僕に、
こうささやくんだ。

本当にそれでいいのかな。

彼女の手を
握りたくないのかな。

彼女の声音に
触れたくないのかな。

彼女の髪の匂いに
染まりたくないのかな。

柔らかく紅い唇から
君だけに語られる言葉を
聞きたくないのかな。

潤んだ瞳に映る君の姿を
彼女の瞳に
見つけたくはないのかな。

共に過ごす時間に
潤いを覚え

渇いた植木に
注がれる水のように

君の想いを
彼女は満たしてくれる。

君は喜びに打ち震えて
生きることの意味を見つけ
温かい太陽の光を共に浴びる。

それは君の望みではないのかな。

君は嘘をついている。
君は自分をごまかしている。

ただ彼女に話しかけられない
勇気のなさを
失う恐れを

あきらめる辛さに
すり替えている。

好きな人を
自分のものに
しないなんて

だれも納得しないし
だれも幸せにできやしない。

果たして、
本当だろうか。

彼女に話しかけた先に、
彼女と手をつないだ先に、

甘い言葉をささやいた先に、
彼女と共に過ごした先に、

いったい何が、
待つのだろう。

失うことを
あきらめて、

よろこびを
遠ざけて、

淋しさを
友として、

潤いに
目を閉ざす。

生きることの意味とは、
なんだろう。

それを探している。

反歌
わがこころ 焼くもわれなり
しきやし
君に恋ふるも わが心から

訳)
自分の心を、焼き払うものも自分だ、
いとしい人に焦がれるのも、
この自分の心一つだ。
それにそれ自身の心を、
どうも出来ないでいることだ。

折口信夫 口訳万葉集(下) 巻第十三 3271 作者不詳


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