見出し画像

ねじれ

染野がその長い腕を背に回すと、肩が艶やかに張り出した。ブラウスの襞の影がやけにくっきりと映えている。
するりと僕は縄を通し、手首を縛ると、二の腕に縄を這わせた。胴を一周し背中の結び目を作ると、締められているのとは裏腹に、却ってその背中は広く思える。そのま右肩を経由し、胸の位置で折り返し、左肩へと縄をかける。くびり出され、くっきりと形を露わにした胸の丸みが僕の瞳を撫でる。そして再び背面で縄を結び、僕は彼女の前に腰を下ろした。
上半身を縛り上げられたまま胡座をかき、染野は俯いている。頬までの黒髪が艶々している。
「どう?」
僕は尋ねる。
「少し腕がきつい。この縛りじゃそのうち手が痺れる」
僕は聞き返した。「奴隷が?」
「ご主人様が」
染野は僅かに腕を縛めた縄をぎしつかせ、つまらなそうにそう返した。
「師匠と同じように指一本分の結び目を作ったのに。難しいな」
「あんた結ぶ時にきゅっといくから、そのゆとりも食っちゃうんだよ」
染野がダメ出しをする。染野の涼しげな目元がこちらを見やる。ブラウスに黒のパンツという出立ちの彼女は、縄に抱かれている。
「早く解いてよ」
染野は顔を上げ、僕の目を見据えた。
「一服しない?」
僕が言うと染野は呆れた顔で、
「あんた私のこの姿を見てたいんでしょ」と言った。
「もちろん」
「異常者」
僕は染野の咥えた煙草に火を点けてやった。
「でもそうよね。私だって私があんたならそうしたいもの」
僕も煙草に火を灯し、口元で燻らせる。染野は煙を吐き出した。
染野も僕も同じ銘柄を吸う。タールの重すぎるきらいはあるが、耽美で美しいブルーのハイライトだ。
「稽古場に灰を落としたら師匠に怒られるよ」
「僕が掃除しておくよ」
「本当にしておいてよ。師匠細かいんだから。この前私が練習した後、糸屑が散らばってるって怒られたのよ」
「それは染野が掃除さぼるからだろ」
「そうだけど......。夜中のショーの後の練習で眠かったんだもん」そう言って、染野は言葉を続けた。「腕、痺れてきた......。早く解いて。下手くそ」
僕は彼女の飾りを解いた。
「私ばっかり練習台にしてると、感性が鈍るわよ」
「仕方ないよ。身近で練習できる相手がいないんだから」
「師匠が聞いたら呆れるわよ。色もまた修行のうちでしょ」
「染野も同じだろ。女しか縛らないから、なおさら難しいんじゃないの?この前の女の子はどうなったの?」
縄から解放された染野が煙草をゆっくりと吸い、その灰を灰皿へと落とす。
「まぁ......。駄目たったんだよね。軽めまでは良かったんだけど、がっつり縛ろうとしたら引かれた」
僕らはしばらくのあいだ黙って煙草を吸っていた。
「あの子のほんとの美しさ、私なら引き出せるのに」
お前も美しい異常者だよ。そう言おうとしたが言葉は煙に変わり、僕はぷかぷかした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?