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君の好きなとこ

君のすきなとこ

 氷雨さんの元にはたくさんのファンレターが届く。売れっ子作家なのだから当たり前だ。虎の威を借りる狐ではないけれど、僕はこのことをとても誇らしく思う。
「それにしたってこれは」
 段ボールいっぱいのファンレターを目の前に僕は驚き固まってしまった。これらはすべて編集部を通してまとめて送られてくるため、数日分まとまっているとしてもだ。
「また今回はたくさん来たな」
 氷雨さんは少し嬉しそうに顎に手をやって笑っている。今日もかわいらしい片方のえくぼができている。
「新作がでたからですかね」
 僕はファンの人から送られているお菓子やお酒などを漁っておいしそうな箱を探す。高級チョコレートが見つかったのでそれを取り出した。
 チョコレートにあう紅茶を入れ氷雨さんの隣に座る。氷雨さんは机に座ってファンレターを読み始めたので、僕もチョコレートをかじりながら読み終わったものをちらほらと読んでみる。
 だいたいは新作の感想だったが、中にはまるでラブレターのようなものもある。
かっこいいだとか好きですだとか。これは自分に向けた恋文だとかストーカーのような一文まであった。
 確かに氷雨さんはかっこいい。それだけではない。時々ドキッとするほど色っぽいところがある。僕の恋人なのだから当たり前だ。
 でも、きっと彼らは知らない僕の恋人のすてきなところはたくさんある。
 今だって嬉しそうに笑っている眉はハの字になる眉。薄い桜色の唇やつやつやとした黒髪、ペシミズムを標榜しているくせに人情に熱い。それに酔うとすぐ寝てしまうのもすべてが好きなところだ。
他にもたくさん好きなところはあるけれど、面と向かって今いえと言われたら戸惑ってしまうだろう。でも言ってみたらきっと困った顔するかな?嬉しそうな顔をしてほしいって思うけど。
 そんな僕の視線に気づいたのか氷雨さんはこちらを向いてにやっと笑う。そんな好きなところを世界中の誰よりも知っていることが嬉しくて口にしようとした言葉がどこかへ行ってしまった。
 それが悔しくて氷雨さんの唇にキスをした。

 充のことが大好きだと見る度に思う。すやすやと眠っている寝顔や、長いまつげに縁取られた瞳、耳の形、先日切りすぎたと行って後悔していた前髪。それがすべて河合らしく、愛おしい。充のことをほめる度に照れた笑顔も大好きだ。
 でもそれを面と向かって言うことができない。充の方からはくすぐったいほどに愛をささやかれているのに、恋人への愛の言葉が紡げ無いなんて小説家として失格なのではないかとおもうほどに。
 そんなことを思っていると宅配便でファンレターが届いた。いつもファンレターが届くと少しつまらなそうにむくれる幼子のような表情も愛らしい。
時々夜の面で嫌だと思うところも少しあるものの、充の笑顔で許してしまう。
 抱きしめたときに自分より高い体温、シャンプーのいい香り、朝起きたときにかすれた声存在すべてが好きだ。
 そんなことが言いたくてふと横を見ると充と目があった。愛の言葉を紡ごうとする前に口付けられてしまった。
チョコレートの甘い味がした。

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