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I am bored to death.

 それから数日後に幸治は大学の友達からチケットをもらった。外国のロックバンドの来日ライブらしい。友人の高校の先輩が前座として出るらしくチケットが流れてきたのだという。本人はその日バイトが入っており行けないのだという。どうせならということで2枚もらって大学の公衆電話から清志郎に電話を入れた。
 もそもそとしたしゃべり方をしており、寝起きなのが察せられた。
「もしもし……」
「おー、キヨ?今度の金曜にやるライブのチケットもらったんだけどいかね?」
「行く。でも詳しいことはまたあとでよろしく。今は眠い」
「学校終わったら行くわ」
 手短に電話は切れて幸治は次の授業の講堂へ向かった。
 次の授業はただ出席をすればいいだけの楽単であるためとりあえず席に座った。頭の中は次のライブに思いをはせていた。そしてそれは初めてライブに行ったほろ苦い思い出へとさかのぼっていった。
 清志郎とは中学のころからなんだかんだとつるんでた。アイドルの趣味は正反対でもなんだかんだ音楽が好きと言うことでよく話をしていた。
 初めてライブハウスに行ったのは高校生の頃であった。その頃にパンクロックにはまり始め、今のように、いや今以上の熱気をもってレコードショップでジャケットを見たり、いつか鋲のついたレザージャケットやリストバンドを買うのだと意気込んでいたりしていた。
 初めてライブに行くことが決まった日の放課後にはありったけの貯金をはたいてジージャンを買い、自分たちで鋲を打つなどして精一杯のパンクファッションをしようと意気込んでいたのだった。
 そして、その当日にダイエースプレーを何缶も買い込んで髪の毛をできる限り逆立てて固めようと頑張ったのだった。ライブハウスの近くのトイレの鏡を二人で占領して一生懸命セットしたのだった。清志郎の髪はもともとストレートだったため比較的すぐに針の山のような髪型になったが、幸治の強い天然パーマはダイエースプレーにもめげずすぐに針が折れてしまったような情けない髪型になったのも思い出だ。
 一番驚いたのはいざライブ会場に行くとモノホンのパンクロッカーがすでに会場を盛り上げていてとても居心地が悪かった。お手製のパンクジージャンのお前たちにはまだ早いと思われている気がした。それに演奏が始まるとヘドバンやらモッシュやらを生で見てかっこいいと思ったのと同時にマジで命の危険がある気もした。
 そんな時代もあったねと笑って話せるようになったが、その頃は本当にカルチャーショックを受けたのだった。
 そんなことを思い出していると授業を終える鐘が鳴った。とりあえず電車で清志郎の部屋へ向かった。
 祖父母の介護の都合で田舎へ引っ越してしまった両親と別れ狭いながらも一国一城の主となった彼はフリーターをしつつ自由に生きているのだった。
「おーっす」
 煙草を吹かしながら清志郎はベースを弾いていた。足下のTAB譜は蝋人形の館だった。
「やっときた。待ちくたびれたよ」
「それがチャラになるぐらいやべーから」
 そういって幸治はほとんど空っぽのリュックサックからかにか紙を取り出した。それには「ラフィンノーズ来日!!日比谷公会堂にて」とかかれていた。
「やべーじゃん!ここのグループ俺大好きだよ!これ無料(ただ)でいいの!?」
「なんか急らしいし金はいらないって押しつけられた」
 日付をみれば明後日である。清志郎はどうやって仕事を早く抜けるか頭の中で算段をした。
「本当におまえは最高の親友だよ!」
 清志郎はそういって幸治を抱きしめる。幸治も嬉しそうにふふっと笑っていた。
「それじゃお礼の気持ちとして銭湯おごってやるよ」
「コーヒー牛乳付きでな」
「わかった」
 二人はサンダルをペタペタと鳴らしながら近くの銭湯へ向かった。満月が東の空に小さく見えていた。
「幸治は長風呂だからな~たぶん脱衣所で先に待ってる」
「わかった。」
「髪長いから洗うの面倒くさいな」
「切ればいいのに」
 湯船にはそこまで人はおらず、隣の女風呂で子供と母親らしいやりとりが聞こえるのみだった。
 幸治の洗髪は清志郎の3倍は時間がかかっていた。そんな幸治の背中をみつつ、清志郎は下宿にはない湯船でゆっくりと足を伸ばしていた。
 先刻の言葉通り幸治をおいて清志郎は脱衣所へと戻っていった。
 軽薄な恋の歌を流しているラジオを聞き流しながらコーヒー牛乳を飲んでいるとやっと幸治が風呂から上がってきた。
「お待たせ」
「髪の毛乾かさなくていいのか?」
「どうせすぐ乾くよ」
 二人はそれからサンダルを鳴らしながら下宿へと帰った。そのあと二人はまたレコードを聞いたりギターを弾いたりして夏の夜長を楽しんだ。
 幸治は気がつくと先に寝てしまっていた。普段すました顔をしていることが多い彼の顔を改めて見ると、案外幼い顔をしていることに気づいた。半開きになった唇がかわいらしい。中学の頃に比べるともちろん髭も生えて男になっていることはわかっている。
 それでも変わらずに友人であるということがなんだか嬉しくなった。そっと幸治の髪の毛を撫でる。
「なにしてんだろ。おれ」
 ふと我に返った清志郎は幸治の小柄な身体を布団まで引きずるとそこらにかけてあったバスタオルを腹部にかけて自分は床に雑魚寝した。
 次の日は雨だったためか幸治は大学をさぼって適当に過ごしていた。
 ラジオからは今日にぴったりのどこか間延びした気だるそうなどこか外国の音楽が流れていた。
「それじゃ、明日の3時に駅に待ち合わせな」
「わかった」
 幸治は雨の中駆けるようにして帰っていった。

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