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読書日記 新井素子・著『南海ちゃんの新しいお仕事』


本屋さんに行って新井素子の本を探したら、これがあった。ハルキ文庫だ。2022年に単行本で出た小説の文庫化だ。

カバーはアニメっぽいイラストだ。見るかにライトノベルっぽかった。私のような還暦オヤジがレジに持っていくのは、ちょっと恥ずかしかったが、著者は私よりも1歳年上なのだ。恥ずかしがっていては申し訳ない。990円+税だった。

530ページくらいあった。でも字がびっしりってわけではなかった。改行も多く、会話ばかりで、結構、スカスカなページも多かった。大体、エンタメ系の小説の文章はこういう密度だ。

新井素子の本を読むのは、デビュー作の『あたしの中の……』以来だから、45年以上ぶりだ。

登場人物は主に2人だ。1人は主人公で女子大生。まだ就職が決まっていない。高井南海と書いて、たかいみなみ と読む。容姿については何も書かれていない。そしてこの小説はこの主人公の一人称で語られていく。

南は、ほぼ毎日、階段から落ちたり、モノにぶつかったりする人生を歩んできた、という設定だ。

もう1人の登場人物は、40歳代の男だ。名前は板橋という。日本屈指の大企業の経営者一族の御曹司で、世襲経営者として会社経営一筋の人生を歩んできた。有能な企業人で、若くして常務になるが、四年前に愛娘を事故で亡くして、その後は生きる気力を失っている。妻とも離婚して、抜け殻のような日々を送っていた。という設定だ。

南海が歩道橋から落っこちる場面を目撃して、板橋が救急車を呼ぶ。こうして二人は出会う。


この小説は、SFだ、多分。世界には「靄(もや)」があるという設定になっている。

靄というのは、空間のひずみのようなものらしい。世間一般の人達は、それが見えないからそんなものがあることに気が付いていない。しかし、一〇人に一人か二人が、その靄に引っかかる。

引っかかると、転んだり、場合によっては怪我をしたりする。交通事故多発地帯なんてところには、大きく濃い色の靄が必ずあるのだ。この小説の世界は、そういう設定になっている。

南海は靄があれば、必ず引っかかるという特殊能力を持っている。しかし、南海に靄は見えないし、見えないから靄があるなんて、これまで気が付かなかった。

そして、強力な靄に引っかかると、骨折などの大ダメージを受ける。受けるけれど、ダメージを受けた部分をさすりながら「痛いの痛いの、とんでけ〜」というおまじないを唱えると、肉体がもとに回復するという、特殊能力も持っている。

そして、南海が触れた靄は、消滅してしまうのだ。だから、靄を消滅させるという特殊能力も持っている。

一方の板橋は、靄が見えるという特殊能力を持っている。板橋によると、靄は東京都内のいたるところにあるという。

これらの特殊能力は、この小説の中では超能力というコトバで表されたりする。だから、南海も板橋もエスパーなのだ。

二人は出会って、お互いの超能力のことを知る。二人はタッグを組んで、東京中の靄を消滅させる取り組みを始める。

具体的には、都内をしらみつぶしに歩いて、板橋が靄を発見する。後ろからついてきた南海がその靄に触れて、消滅させるのだ。これは人々を靄から守るよい仕事なのだった。

公には、南海は、板橋が常務を務める会社に新設された部署の社員となる。上司が板橋で、部下が南海の小さな部署だ。これが、タイトルにある南海ちゃんの新しい仕事の第一段階だ。

ハナシは、こういう設定のもとに、いろいろなシチュエーションが用意されて、意外に理詰めで展開していく。奇想天外と言えば奇想天外なんだけど、ハナシは大枠からはみ出さずに展開していって、最後にちょっとどんでん返しっぽいことになって、最後の最後はこのパターンもあるよなというパターンのオチにおさまって終わる。

最後のオチは、なくてもよかったかもしれない。


四十数年ぶりに読んだ新井素子の文章は、昔と変わっていなかった、って、昔をほとんど憶えていないから錯覚だろうけど、そう思った。

馬鹿を「莫迦」と表記するところも同じだった。若い女性の一人称語りは、漢字も少なく、以前とすっかり同じなんじゃないか、と思わせるくらい、既視感があった。

意外に理詰めで、繰り返しが多く、くどいくらい説明する。いわゆるライトノベルというものを私は読んだことがないので、この文章はテキトーに書いているだけだが、ライトノベルにはこのような文体は、多いのではないか、と思った。そして、このくどさは、橋本治にもどこか近いものがあると感じた。

この小説を簡単に言い表すと、「エスパーもののラブコメ」になるのだろうか。結構、楽しく読むことが出来た。新井素子の読書体験は、マンガの『SPY×FAMILY』を読んでいる体験に近かった。そういう風に楽しめる小説だった。

どうでもいいけど、橋本治の『ハイスクール八犬伝』はつまらなかったなあ、と思い出した。

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