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読書日記 斎藤由多加/吉田建・著 『平成とロックと吉田建の弁明』 え?これで終わりなの…

■斎藤由多加/吉田建・著 『平成とロックと吉田建の弁明』 光文社

斎藤由多加という人は、1962年生まれで、「シーマン」などを作ったゲームクリエイターだそうだ。アップル・コンピューターに関する著作も何冊かあるらしい。私は全く知らない人だった。

吉田建というのは、ベーシストだ。1949年に生まれて、長谷川きよしや浅川マキといった人のベースをやって世に出てきて、その後、泉谷しげる、沢田研二などのバックをやって、プロデューサーとしても、氷室京介、ウルフルズなどでヒットを出している。

二人とも東京出身で早稲田大学を出ている。吉田は早稲田のジャズ研でベースを覚え、そのままミュージシャンになっている。斎藤は、卒業後、リクルートで会社員を何年かやり、その後、独立したらしい。起業する前か後かはわからないが、カリフォルニアに留学?して、LSD研究の大家ティモシー・リアリーの家に居候していたとか、なかなか面白い経歴の持ち主だ。

二人の間には、吉田建がかつての「いか天」の辛口審査員で、斎藤がその視聴者だったという関係くらいしかない。

その二人の対談本なのだが、なんで対談をすることになったのかが、よくわからない。斎藤は、吉田のファンでもないし、吉田だって、斉藤とは初対面だったりする。誰かが間に入った企画のようだが、その誰かが、この本には出てこないので、事情が分からない。

対談形式で全9章ある。単純に9回会って、対談したみたいには読める。が、この対談もかなり加工してあって、作り物めいて読める。

内容はというと、吉田建の日本ロック史みたいなものをイメージして、この本を買った私のような人間は、早々に期待を裏切られて、かなりフラストレーションを覚えるものになっている。

ミュージシャン吉田建に斎藤が質問していって、何らかの答えを引き出す、という形式の本ではある。ただし、質問が、吉田の人となりとか個人的な生い立ちとか、吉田の業績とか、音楽観とか、そういったものを引き出す類では一切ないのだ。

例えば「フェンダーの名器」と呼ばれるギターは、なんで名器なのか? その根拠を探して示す、といったものになっている。このように、ロックにまつわる神話や伝説を、疑って、調べて、可能な限り説明して、虚飾をはぐ、みたいなものになっているのだ。

例えば「ロック」と「ロックでないもの」の違いは何か、とか、「アドリブ」と「対応力」の違いは何か、とかいった質問だ。そういった質問を斎藤が投げかけて、吉田がそれに答える。その答えを、さらに斎藤が分解して、科学的な事実と人間の思い込みとに分けていく、みたいな調子だ。

当初の目論見は、そういったロックの伝説、神話を徹底的に理屈でばらして、「ロック解体新書」を新書本で出す、といったものだったらしい。だから、対談ごとに、メインとなる質問があって、それを解体していって、その都度、斎藤が文章にまとめていたらしい。

こういった作業を突き詰めていったら、それはそれで、おもしろい本になったと思うのだが、実際のこの本が対談本になっているように、その試みは挫折している。

吉田と斎藤はあることでぶつかって、吉田が怒って、対談が中断するのだ。その後しばらくの冷却期間を経て、これまで他人をプロデュースしたことしかない吉田が初めて、本というフォーマットの上で、他人=斎藤にプロデュースをしてもらって、自分をさらけ出し、ありのままの自分を引き受けて、この先の人生を生きていこうという風に心変わりした、ということで、当初の目論見であった「ロック解体新書」を放棄して、「ソクラテスの弁明」にちなんで(実際は沢木耕太郎と藤圭子の対談本「流星ひとつ」を手本にして)対談形式の弁明本に変更することになったのだ、と本書では語られている。

というぐちゃぐちゃとした経過を経て、斎藤は文章全体を対談形式に書き改めて、本書が成立した。その結果、ロック本でも、対談本でもないし、70過ぎのジジイの成長本という気持ちの悪いオチのついた、ものすごく中途半端な本になってしまった。

しかも、吉田建が何かをさらけ出しているかというと、読者にはなんにも晒していない。単に、斎藤に全面的に体を預けたよ、俺はまな板の鯉になったから、どうにもで料理してくれよと、宣言だけはして、この本は終わりになるのだ。

これで対談が面白ければまだましなのだが、ライターとして斎藤が掛け合い表現に慣れていないのか、二人とも幼さが目立つ語り下手で、しかも文章量も少ない薄い本になってしまっている。そしてなにより吉田建がかっこ悪い。

単行本で税別1400円の定価がついているけれど、単行本なら税込み1000円でも高い。新書ならその半分くらいが妥当だと思う。

なにより、企画が頓挫しているのだから、本来なら没にして本にはしないんじゃないか、と思う。

なんだかな、だ。

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