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面接

しばらく前に、面接に行った。もう働くのは嫌だから、働ないで過ごそうと思っていたのだが、そうもいかなくなってきた。このままゴロゴロしていても貯金が減るばかりだし、さすがにそろそろ働こうかと思ったのだ。

働きたくないけど、働くのなら楽な仕事がいいなと思った。それで見つけたのが、近所にある高級低層マンションの管理人の募集だ。週四の日勤で、17万くらいの給料だ。週休三日だ。

履歴書をメールで送ったら、翌日の夕方に採用担当者から電話があった。明日の昼に面接に来いと言われた。

翌日は、ワイシャツみたいなのを着て、地味なズボンをはいて、乗ったことのない路線の電車に乗って、行ったことのない駅で降りた。

指定されたでかい本社ビルに行くと、一階は無駄に広い空間で、受付嬢が一人いる受付と、いくつかあるエレベータの前に警備員が立っていた。やたらと人口密度の薄い空間だ。

空調に無駄にお金がかかるよなあと思った。でも会社の一階は、だいたいこんな作りになっている。なんでだろうか。

受付に行くと、ちゃんと私の名前と来訪目的がわかっていて、ゲストと書かれた首からブラ下げる札をもらった。

この一階のフロアには、柱のような大きな植木が二つあり、その周囲は背もたれのないソファーになっていたから、そこに座って待った。私のほかに、二人が座っていた。初老のオヤジとオバサンだ。


待っていたら、警備員の後ろのエレベーターから、痩せてのっぺりした顔のギスギスした女性がやって来た。女性は、私たちに声をかけた。ほかの二人も面接に呼ばれていたのだ。

十何階だかに登って、小部屋に通された。四人掛けのテーブルに座らされた。ギスギスした女性は、面接の前に、私たちが応募した仕事の内容の詳細を説明した。

今回の募集は、他にないくらいの高級マンションの管理人なんだそうだ。実際にはなんとかという片仮名を使っていたが、要するに管理人だ。

普通のマンションでは管理人は一人なのだが、そこは二四時間常駐で、昼間は二人体制なんだという。その他に清掃会社から清掃員が一人、日中に派遣されているから、昼間は三人体制なんだそうだ。

清掃員がいるから、他のマンションと違って、掃除の仕事はない、等々、なんだか居ればいいだけのようで退屈しそうな仕事だった。

次に、もしも採用されたときの通勤方法を聞かれた。自動車、バイク、自転車通勤は禁止なんだそうだ。交通事故を回避するためだという。交通事故に巻き込まれるのではなく、自社に関係する人物が、事故を起こしたり加害者になることを回避しているらいい。

かといって、自宅を出た瞬間から時給が派生するわけではないから、よくわからない。通勤方法なんか個人の自由だろうと思ったが、後日調べたら、自転車通勤を禁止している会社が結構あって、吃驚した。

ギスギスした女性は、通勤には、公共交通機関を使うか徒歩が好ましいのだと言う。それで、所要時間は三〇分以内で到着して欲しいと言う。緊急呼び出しの許容範囲が三〇分なのだそうだ。

そんな呼び出しが頻繁にあるのかと訊いたら、滅多にないとは言われた。それが私たちの求めるプロなんだとギスギスした女性が言う。会社としても、採用するにあたっては、徒歩30分以内の人を優先するから、それ以上かかる人は不利ですと言う。

何がプロなのかよくわからないが、とりあえず、ハイと頷いてみた。他の2人も頷いていた。


その次に、居住者様と同じ生活圏の人も困ると言われた。もし、買い物をするスーパーが同じで、管理人の方が居住者より高級な肉を買ったりしたところを目撃されたら余計な波紋を呼ぶから、トラブルを避けたいのだそうだ。

我々はそこまで気を使っている。わが社の仕事は、それくらい神経を使うのだ。徹底したプロ意識に貫かれたプロフェッショナルな仕事なのだと言う。

そして、居住者様に対しては、お客様だという意識を持っていただきたい。我々の仕事は、お客様第一なのだと強調するのだった。

この人も、この会社も、バカなんじゃないかと私は思ったが、感心したようにまた頷いてみせた。オヤジもおばさんも頷いていた。

しかし、住人と生活圏が重ならないのに徒歩で30分以内で来られる人っているのだろうか?


それから一人一人の面接になった。私は三番目だった。自分の番まで、おなじフロアにある広い部屋で待たされた。四人掛けのマルテーブルが六つあって、壁際に飲料の自動販売機が三台並んだ、社員が休憩する空間のようだった。

二番目の人は、別の場所の待機場所に連れていかれた。面接に来た者同士が会話をしないような仕組みなっているらしい。随分待たされて、やっとギスギスした女性が私を呼びに来た。

面接の部屋は、細長い会議室みたいなところだった。大きなテーブルの向かいに、スーツ姿の中年オヤジと、三〇歳くらいの女性がいた。反対側の奥に私は座るように言われた。

目の前に開いたパソコンがあって、隅に小さく私が映っていた。これに対しては、何の説明もなかった。私の側に、椅子を二つ開けて、採用担当のギスギスした女性が座った。

だから、三対一の面接だ。三人とも、私の履歴書のコピーを手元に持っているのが見えた。

私の向かいの中年オヤジは、何の人かわからないが、三〇歳くらいの女性は、もし私が採用されれば直属の上司になるのだそうだ。ギスギスした女性はギスギスしているから笑顔なんか出来なかった。中年オヤジも、三〇歳くらいの女性も、笑顔一つ出来ない人達だった。

私が面接する側だったら、人に接するときは、笑顔くらいするよう教育するのになと思った。それとも彼等は笑顔を見せないように、教育されているのかもしれなかった。


面接は、自己紹介を兼ねたプレゼンをしてくださいと言われて始まった。私はマンション管理などに興味はないから、適当に自分のこれまでやってきた職歴をかいつまんで喋って、志望動機は家から近いことと規則正しい生活が出来そうだからと言った。

中年オヤジが、「今は生活が乱れているのですか?」と聞いて来た。規則正しくないと、乱れているでは、意味がだいぶ違ってくる。

三〇くらいの女性が、「他人からなんて言われることが多いですか?」と聞いて来た。私は「他人が私のことをなんて思っているかなんて、興味がないから知りません」と言ったら、気分を害したようだった。

そういう返事をしてはいけなかったのかもしれない。多分、私には面接の常識がないのだ。うまい受け答えが、私は出来ないのだ。勝手がわからないから私はヘラヘラしていたのだと思う。

こういう場合には、あなたならどうしますか?っていう過程の出来事を想定した質問もあった。向こうが想定している正しい回答が何なのかわからず、考えていたら、「そういう場合は、自分で判断しないですぐに私に連絡してください」と採用されれば上司になるという30歳くらいの女性が言った。

会社が把握していない勝手な判断は困るというのだろう。素人は何もせずに、プロに任せろということだろうか。30歳くらいの女性は、笑顔は見せないけど、この業界ではプロ中のプロなのだ、多分……。

その後は、中年オヤジと三〇歳くらいの女性が、私の言葉尻を捕まえては、マウントを取ってくるという展開になった。それから「現在、他にも応募しているのか、もし二つ受かったら、あなたはどちらを選ぶのか?」と聞いてきた。

普通に考えて、面接に来る人は、他にも応募しているのが当たり前だろうと思う。他に応募してない、もしくは、貴社を優先させなければならないと考えるアンタ達の根拠はなんなのですか?と聞きたくなったが訊かなかった。

そういう質問を投げかけられたことで、悪いことなど何もしていないのに、こちらが罪悪感を持つように仕向けられた気がした。

私はヘラヘラしていたけれど、だんだん腹が立ってきた。なんだか不愉快で仕方がなくなっていた。多分、そういう感情が顔に出ていた気がする。私はすぐに感情的になる人間なのだ。


何か質問はないかと聞かれたので、2、3質問をした。私はその時点で、ムカついていたので感情的になっていたので、失礼な質問をしたかもしれない。何を質問したのかは、憶えていないのだ。ただし、私のした質問は筋違いだし、気にする必要はないと、かわされたことだけは憶えている。

こちらは履歴書で、個人的ないろいろなことを晒しているのに、向こうの三人は、私の質問にはほぼ答えずに、自分たちが必要と思う情報を搾り取るだけだった。それに私が何かをハナシ始めると、途中で遮られた。私の無駄バナシを聞こうなんていう態度の人間は一人もいなかった。

そんなこんなで、私はどんどん後ろめたいような惨めな気持ちにさせられた。

面接終了時に、私が映っているこのパソコンは何なのかと聞いてみた。ギスギスした女性が、違う場所で上司の一人がリモートで見ているのだと言った。本来は、面接に立ち会うはずだったが、急な出張でどこか他所にいるのだと言う。

録画しているのかと訊くと、慌てて違うと否定した。その会話の最中に、これで面接は終了ですと言われ、私は部屋を追い立てられた。

廊下に出てから、リモートのことは最初に説明すべきではないかとギスギスした女性に訊くと、忘れていたと言われ、そのままエレベーターまで案内されて、とっとと乗り込まされた。

これ以上私と喋るのは時間の無駄だと言う感じで、ギスギスした女性は、エレベーターの扉が閉まる前に、背中を向けて速足でいなくなった。

一階の受付にゲストの札を返して、帰路についた。翌々日、不採用メールが来た。

それにしても、面接はムカつくシステムだと思う。どうやったって、現状の面接は、それ自体がパワハラの構造で成り立っている。それが大いにムカつくのだ。

その上、今回面接に行った会社の標榜している陳腐なプロ意識が、またムカついた。ああいうのはプロではなく、居住者の顔色を窺っているだけの、タダの迎合と忖度のような気がする。

お客様第一主義ということを彼等は言っていたが、こういう仕事をしているから、カスハラが生まれるのだと思った。

こういうのがプロ意識だったら、その延長戦上には、やっぱり公文書の改竄も平気でやるような、職場が待っているのだろうと思った。

面接に行った会社は、世の中に社名の通ったかなりの大手だ。その会社で、みんな真面目に働いているんだろうなと思うと、なんだかぞっとしてきた。今の世の中には、そんな会社が多くあって、そんな仕事をしている人がとても多いのだろうなと思ったら、絶望的な気持ちになってきた。

と言うことで、現在は家の近所でちびちびとバイトを始めたのだが、これがまた限りなくブラックなのだ……。

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