『気狂いピエロ』という永遠のナンバーワン映画


『気狂いピエロ』は巨匠ゴダールによるヌーヴェル・ヴァーグの傑作。

妻をもつフェルディナンが、かつての恋人マリアンヌと再会し、そのまま逃避行をはじめるというストーリー。

その逃避行のきっかけになったのはマリアンヌの部屋にあった死体で、逃げつづける最中にもさまざまなできごとが起きる。

それらが重くとりあげられることはなく、とにかく軽快で勢いのある展開。

実験的な描写が多く、映画というものに挑みつづける姿勢がみられる。



なんといっても、ただただ赤・青・白・黄・緑の色づかいが素晴らしい。

画面に映る色がすべて計算しつくされていて、映画全体をとおしても非常にバランスがいい。

ちょっとした小物にまできちんと配色されているのをみると、もはや感動すらおぼえる。

色づかいにおいて、ゴダールほど優れている人がほかにいるだろうか。



まっとうといわれる人生から急速に外れていく彼らをみていると、とてもすがすがしい気持ちになる。

物は盗むし車は燃やすし人は殺す。そんなことを悪びれもせずにしていく彼らは、なんて自由なのだろう。

「べつに人生なんてそんなたいしたものじゃない」とでも言っているかのようだ。

わたしの目には、人生から、この世界から逃れようとしているように映った。



よくある駆け落ちなどとは違うように思える。

少なくともわたしにとって、彼らはちっともおたがいのことを愛しているようにはみえない。

おたがいを見ているようで、その後ろの遠いところを見つめているようだ。



もしかしたら、ふたりは心の奥深いところで共感しあえる同志だったのかもしれない。

この、人生。なにも確かなことのない世界に生きる心もとなさや馬鹿馬鹿しさ。生きている実感のない退屈な毎日。

そんな人生に倦んだふたりがたまたま出会い共鳴しあったことで、人生からの逃避がはじまったのだろう。



逃げはじめてから彼らはどこか解放されたような様子だが、それでも変わらぬ憂いがあるようだ。

激動の日々にみなぎる生命力を感じているのかと思いきや、やはり人生から逃げきることはできなかったのだろう。

それがあのラストにつながっているのかもしれない。


わたしにとってこの映画は、「これが映画だ」と思わせてくれるもの。

映画としてすべてが完璧なのだ。

この映画に出会ってもう何年もたつが、これ以上に映画らしい映画には出会えていない。


わたしにとって永遠のナンバーワン映画である。



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気狂いピエロ(Pierrot le fou)

ジャン=リュック・ゴダール

1965年/イタリア、フランス/カラー/110分