見出し画像

異なる身体感覚に対する好奇心  〜『はこぶね』音声ガイド制作に向けて〜

映画『はこぶね』監督の大西諒です。

note記事を書くのは1ヶ月半ぶりとなりますが、
タイトル通り今回は音声ガイド制作に向けて記載する記事になります。

これまで詳しくは書いてこなかった、
『はこぶね』を制作し始めた経緯も併せて記載しています。
どうぞ宜しくお願いします。

非当事者が作る事の逡巡

本作『はこぶね』は視覚障がいや認知症といった身体の特徴をもつ人物を描いています。一方で脚本を書いた私や、人物を演じて頂いたキャスト陣はその当事者ではありません。

当事者キャスティングの作品が増えていくなか、

 ・題材の非当事者が物語を書くこと
 ・非当事者が当事者を演じること

ということの是非について、逡巡を繰り返して制作を進めていました。

自分の無理解や無意識の偏見が露わになるかもしれない、制作プロセスに関して非難があるかもしれない、と怖さを感じることもありました。

一方で、そもそもこの作品を制作したきっかけは、自分と異なる身体の感覚を知ること・想像することが面白いと思ったことでした。異なる「身体感覚」に関心を持つ第三者の視点が創作意欲の源泉になっています。

当事者じゃないからこそ客観的に想像すること、知ろうとすること、その行為自体を楽しんで物語を書いていました

そうした作品への不安感と信頼感が入り混じった状態で、映画祭に応募し、受賞を経て本作を一般上映をさせて頂くこととなっていきました。

当初の不安とは裏腹に、これまでの上映において本作の制作意図に対する批判や、偏見を助長するリスクを指摘されることはありませんでした。

しかし、現時点で本作の鑑賞者は目の見える人であり、実際に目の見えない、見えにくい当事者の方々に鑑賞してもらった時にどのようにご覧頂けるかはわかりません。

身体感覚の違いへの好奇心をもとに制作した本作に何を感じられるのか当事者の方に鑑賞して頂くことは本作を見つめ直す上で、とても重要な時間になると思っています。

『はこぶね』:事故で視力を失った西村を見る、大畑
『はこぶね』:視線の先でバスを待つ西村

『はこぶね』の制作経緯

①双極性障害との付き合い

前述の通り、本作を制作したきっかけは(今の)自分と異なる身体感覚を知ること・想像することが面白いと感じたことです。

私は映画制作を始める前に双極性障害を発症していました。双極性障害は活力のみなぎる躁状態と、活力を失う鬱状態を繰り返します。
躁状態はどんどんアイデアが湧いたり、五感が鋭くなったり、新しいことに挑戦してみたくなる一方で、鬱状態はまるで身体から船の錨が下りていくかのように活動意欲を失います。

躁も鬱もどちらかの波長に振れると、自分の心身を制御しにくくなります。
それまで自分の身体は思い通りコントロールできて当たり前だと思っていたので当初この事を受け入れることができませんでした。

ただ、波長を繰り返して少しづつ波の傾向が掴めるようになると、自分の身体への向き合い方が変わり、まるで他者と一緒に仕事をする時のようになってきました。

「鬱の時は過剰に自分(と自分の身体)を責めるのではなく、自分の状態を認め、赦してあげよう。」「躁の自覚があるときは尊大な態度になってしまうかもしれないことを人に伝えて、人の目と力を借りて仕事を進めよう。」というように。

多くの人は、他者と仕事する時には他者の個性に合わせて配慮をしていると思います。そんな他者の個性にはらう配慮を、自分の身体にも向けるようにしたのです。第三者視点で自分の身体の特徴を捉えるようになったとも言えるかもしれません。

②伊藤亜紗さんの著作との出会い

そんな風に徐々に身体の変化を受け入れ始めた時に伊藤亜紗さんの著作と出会いました。伊藤さんの著作を読むことで多様な人間の身体感覚の面白さに一層気づくことが出来ました。『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、などの著作で伊藤さんは好奇心と敬意を持って多様な身体感覚に迫ります。

十人十色な身体を持つ私達ひとりひとりがどんな五感と感性の使い方で世界を捉え、どう認知するのか。人間が持つ柔軟で、複雑で、たくましい身体感覚の事を知ると、他者だけでなくなんだか自分自身の身体にも愛着が湧きました。一層自分の身体への理解を深めようと思い、うまく身体と付き合っていこうと思えました。

自然・物理法則に抗わず、上手く身体を動かすことがいろんなスポーツの基本となるように「抗えない力と向き合ってうまく利用すること」は快感に繋がると思います。私で言えば身体と気分障害の兆候に良く耳を傾け、その波と上手く付き合っていく喜びも同じようなことなのかもしれません。

『はこぶね』について、映画評論家 森直人さんは以下の通り評して頂きました。

我々は誰もが時間と共に身体の機能が減じていく。しかし失われた分、別の何かが発動して世界をもっと繊細に捉え直すことができるかも。(主人公の)西村の日常的冒険には、そんな穏やかな楽観性が詩的に漂っている。

https://www.cinematoday.jp/movie/T0028974/review
シネマトゥデイ 森直人さん映画短評より一部抜粋

身体の変化に悲観的ではなく、楽観的に楽しむこと、『はこぶね』には確かにそうしたエッセンスが含まれていると思います。 

『はこぶね』劇中場面

音声ガイド制作に向けて

音声ガイドの制作は、

・平塚千穂子さん(バリアフリー映画鑑賞推進団体 City Lights /CINEMA Chupki TABATA 代表 )
・柴田笙さん(CINEMA Chupki TABATA スタッフ)

のお二方のお力をお借りして進めていきます。ガイドのドラフトを制作した後、その後のモニター検討会では、視覚障がい当事者のモニターの2名の方に『はこぶね』を鑑賞して頂きます。本作の物語を通して届けたい感情や衝動、率直な好奇心をお伝えしつつ、それが伝わる為にはどのようにガイドをつけるべきか、議論をしていくことになります。

もちろんその過程では、本作の「身体の違いについて向ける視線」や「自分と違う身体感覚を想像すること」について踏み込んだ議論やご感想も頂くことになります。

異なる身体感覚を「想像すること」「話すこと」「知ること」「理解を深めること」に関して示唆深い場になるのではないかと考えております。音声ガイドの制作とその先の上映、どちらもとても楽しみにしています。

『はこぶね』本編をすでにご覧頂いた方も、これからご覧頂く方も、このバリアフリー上映までの一連のプロセスも含めて一緒にお楽しみ頂ければとても嬉しく思っております

9/20(水)アフタートーク@ポレポレ東中野

それに向けて、音声ガイド制作を行って頂く平塚さんと柴田さんのお二方に9/20(水)のポレポレ東中野さんでの20:30~の上映回、上映後アフタートークにご登壇頂けることとなりました。
https://pole2.co.jp/ (ポレポレ東中野ホームページ)

これまで記載してきた”身体の違いに向ける率直な好奇心”を持つ『はこぶね』のガイド制作について突っ込んだお話が聞けるかと思います。ぜひお越し頂けますと幸いです。
どうぞ宜しくお願い致します!

『はこぶね』監督 大西諒

映画『はこぶね』(2022)

■キャスト
 木村 知貴、高見 こころ、内田 春菊、外波山 文明、
 五十嵐 美紀、愛田 天麻 、森 海斗、範多 美樹、高橋 信二朗、谷口 侑人

■スタッフ
 監督•脚本•編集:大西 諒     撮影•音楽:寺西 凉
 録音:三村 一馬         照明 :石塚 大樹
 演出•制作:梅澤 舞佳、稲生 遼   美術 :玉井 裕美
 ヘアメイク:くつみ 綾音      題字:道田 里羽
 宣伝企画:川口 瞬、山中美友紀   宣伝イラスト:野本 修平
 宣伝美術:鈴木 大輔
 2022年 | 99分 |日本 |シネマスコープ |宣伝・配給:空架 -soraca- film

■受賞歴
第16回 田辺・弁慶映画祭 弁慶グランプリ&観客賞&フィルミネーション賞&俳優賞スペシャルメンション(木村知貴)
第23回 TAMA NEW WAVE グランプリ&ベスト男優賞(木村知貴)

■お問い合わせ
 宣伝・配給: 空架 -soraca- film / soraca.film@gmail.com

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?