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『僕が夫に出会うまで』に思う。

私は40歳間近のゲイだ。
一切公表はしていない。

地元は風光明媚な田舎ゆえか、良くも悪くも率直な人が多い。
「彼女はいないのか?」
「そろそろ身を固めないとな。」
と近所のおばさま。
「もしかして、モーホー⁇」
と先輩は冗談めかす。
営業の銀行マンや証券マンは投資や保険を勧めてきては、一通りの商品のウマみの説明の後に、
「将来、結婚して子供ができた時にはきっと役立つ。」
と続く。

結婚する気を見せない私と、親との対立、喧嘩は絶えない。
結婚して子供を授かり、幸せな家庭を築き…
という親心は当然理解できるし、
周囲を見渡せば私の親世代は孫を囲み
「おじいちゃん」、「おばあちゃん」
を謳歌する人も少なくはない。
それを目の当たりにすると申し訳ない思いもある。

レインボーフラッグの存在、LGBT(性的少数者)
などの言葉は人口に膾炙し、認知度と共に多様性への理解は進んできている。
しかし、自分の考えと異なる考えを相容れない人、表向きは理解を見せつつも、根底に差別意識が拭えない人も多い。
私が暮らすような田舎では尚のこと。
私のような人間(ゲイ)が身近にいるとは思ってもないだろう。所詮、都会のお話しだと。
異性を愛してやがて家族を築き、
生活を送ることが「普通」であり、
それこそが真っ当な生き方だと。

将来のこと、親の老い、仕事のこと、
カミングアウトをしようか否か、
自分がゲイであるという存在意義を
自問自答、煩悶する日々ー。
そんな折、一筋の光明をもたらしてくれた本との出会いがあった。

七崎良輔さんの「僕が夫に出会うまで」。

ゲイである七崎さんの少年時代から、
やがて運命の「夫」に出会うまでの
半生を綴ったエッセイだ。

七崎さんの道のりは、決して偉人の様に
後世に誇るサクセスストーリーとは違う。
しかし、多くは内心に留めて明るみにはしない(隠さざるをえない)であろうゲイとしての己をオープンにした様は、一読の価値がある。
とりわけLGBTの当事者であれば多くの人が経験しそうな悩み、葛藤が七崎さんのそれとリンクし共感を覚える。
胸に迫るものがあり、勇気と希望を与えてくれる。
このエッセイで、特に印象に残った場面がある。
七崎さんが小学二年生の時のこと。
担任は、七崎さんの女の子っぽい立ち居振る舞いから、クラスメイトが「オカマ」と揶揄するのを戒めた。ホームルームの時間に七崎さんをクラス全員の前に立たせて彼を『ふつうの男の子』と結論付けてクラスメイトを正したのだ。
良かれと思っての担任の行為は、
かえって「ふつう」で無いことを強調した、
親切心の逆効果と言うべき暴挙だ。
男らしさ、女らしさを否定するつもりは無い。しかし、「らしさ」の強要や、「男だから、女だから」の固定観念は時に個性を殺すばかりでなく自尊心をもズタボロに破壊する。男とか女とかいう型にはめ込むのではなく、もっと大きな視点で一人の「人」を見て欲しいと思う。
ゲイである事実を自己否定した子供時代から
多くの出会いと別れを繰り返し、やがてゲイである事実を受け入れて大人へと成長を遂げた七崎さん。
その過程において必要不可欠なのが、あさみさん、映里さんという「友」の存在だ。
苦しい時には、一緒に涙を流してくれる。
嬉しい時には、一緒に喜びを爆発させる。
そんな「友」を持つ七崎さんは羨ましい。
はじめてゲイをカミングアウトしたのもこの二人で、告白して瞬時にそれまでの七崎さんのゲイとしての苦悩を汲み、二人は共に涙を流してくれたという。
もし、この場でゲイであることを軽蔑されていたならば、あっさり自ら命を絶っていたかもしれない。と。
若者で、LGBT、同性愛者の人の自殺率はそうでない人に比べて6倍とも言われている。
身近に、七崎さんにとってのあさみさん、映里さんのような存在がいたならば、少しでも手を差し伸べてもらえていたならば、自ら命を絶つという選択肢を選ばずに済んだ人がどれだけいたことかと思う。
昨今、同性婚を求める裁判、性的マイノリティをテーマにした番組や新聞記事などLGBTに関係する話題が注目されている。
もはや、他人事ではない。
私は、何もLGBTの話題を特別視するのではなく、普通の事としてざっくばらんに食卓の話題に上げる、そんな日常に溶け込んでこそ理解は進むと思う。
人を好きになるという感覚は、単に犬より猫、肉より魚が好きといった趣味趣向とは異なり、アイデンティティに関わるセンシティブな一面もある。かと言って、あまり難しく考える必要はないと思う。
性別、国籍、人種などに拘らず好きなものは好きと肩肘張らずに語ることのできる世の中こそ、多様性、インクルーシブ社会実現への一歩だと感じる。

七崎良輔さんは、自らの生きる姿をこの本で見せてくれた。ゲイという同じ境遇の一人の人間の道程に大いに励まされた。
何も引け目を感じることはない、ありのままの自分を演じる人生。
一度きりの人生、偽りなき自分を生きたいと思った。

ありがとう七崎良輔さん、文藝春秋さん。

#読書の秋2021  #七崎
#僕が夫に出会うまで #LGBT



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