誰のか知らない虫カゴ

森の近くを通る道。
自転車がスピードを出して飛ばさないように、
わざと通りづらいように設置してある柵。

その柵のひとつに、虫カゴがぶら下がっている。
ちょうど森のほうを向いた窓から覗くと、
バッタが一匹入っていた。

「やあ、そこの人。目が合ったね。」
こっちに向きなおったバッタが話しかけてくる。

「『助けて!出してくれ!』って感じかい。」
「いや、逆だよ逆。入れてほしいんだ。」
「何を?」
「そこに生えてるネコジャラシをさ。」

そう言うんなら、そうしよう。
適当なネコジャラシに手を伸ばそうとすると、
そこに、バッタがもう一匹。
「やあ、目が合ったね。」とそいつも言う。

「そのカゴの中のバッタの知り合い?」
「ああ、兄弟だよ。どっちが上かはもう忘れたけど。」
「そう。連れて帰るかい。」
「逆だよ逆。ついていきたいんだ。」

そう言うんなら、そうしよう。
適当なネコジャラシと一緒に、
もう一匹のバッタも虫カゴに入れた。

虫カゴの持ち主は見当たらなかった。
たぶん誰かの忘れ物だろうから、
そのうち取りに来ると思うけど。

後日。
首から虫カゴを下げた少年たちと、
公園の近くの道ですれ違った。

「この前、虫カゴの中に入れてたバッタがさあ。」
「逃げちゃった?それとも、死んじゃったとか?」
「逆だよ逆。増えてたんだよ。なぜか二匹にさあ。」

そんなことを言っているから、
たぶん、彼があの時の虫カゴの持ち主だろう。

「で、バッタって、何食べるの?」
「ネコジャラシの葉っぱ食べてたよ。」

それをちゃんと知っているなら、
たぶん、あのバッタ兄弟も幸せだろう。


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