やたらと道を聞かれる日

セミが鳴いている。
それだけで、「夏だなあ。」って気分になる。
そんな気分になると、そうなる前より、
夏の暑さを実感してしまう。そんな気がする。

「そこの人、すいません。」と、
声がしたけど、誰もいない。
「ここらで、セミが鳴いていませんでしたか。」
声の主を見つけてみれば、
話しかけてきたそいつも、セミだった。

「向こうの林で鳴いてたけど、」
「そうですか。ありがとうございます。」
「待った。ここの道はまっすぐ行ったらまずい。」

お礼を言いながら、急いで飛び立っていたセミは、
ぐるりと戻ってきて、さっきと同じところにとまる。
「まずいって、何がですか?」

「途中にゴミ捨て場があるんだよ。」
「あったらどうなるんですか?」
「つまり、カラスのたまり場なんだ。」
「ああ、なるほど。そりゃまずいですねえ。」

セミの天敵といえば、鳥だからな。
わざわざ鳥のいるところを通らせて、
途中で食べられちゃいましたじゃあ、寝覚めが悪い。

そういうわけで、回り道を教えると、
今度こそ、セミは飛び立っていった。

それから、少し歩いて…
もうすぐ家に着くし、家の冷蔵庫には飲み物もある。
だけど、その前に喉が渇いてしょうがない。

そういうわけで、冷たいものでも飲もうと思って、
自動販売機のボタンを押した時。

「そこの人、すいません。」と、
声がしたけど、誰もいない。
「ここらに、ゴミ捨て場はありませんか。」
声の主を見つけてみれば、
今さっき話題にしていた、カラスだった。

「この道をまっすぐだけど、」
「そうですか。ありがとうございます。」
「待った。今日は行っても何もないぞ。」

お礼を言いながら、急いで飛び立っていたカラスは、
ぐるりと戻ってきて、さっきと同じところに降りる。
「なんで知ってるんですか?」

「今日はビンとか缶の日だからだ。」
「なるほど。じゃあ食べ物は無いですねえ。」
「あ、虫でよければ、うちの前にハチが飛んでてさ。」

この間から、家の前の植木のあたりで、
ぶんぶん飛んでて、おっかない。
家の近くに巣があるわけではなさそうだけど、
何が楽しいんだか、いつも同じところを飛んでいる。

そういうわけで、カラスを案内して、
今日もそこで飛んでいたハチを捕まえてもらった。
…カラスが礼を言おうとしたのを、目線で察して会釈した。
言おうにも、くちばしが塞がってるんだよな、今は。

そのまま持ち去っていくのを見送ってから、
家の玄関のカギを開けた。

セミには親切にして、ハチは追っ払うってのも悪いけど。
あいつ、刺されそうで怖いんだもの。しょうがない。

…さっき買った冷たい飲み物が、もうすでにぬるい。
これなら、自動販売機で買わなくてもよかったな。失敗した。


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