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真女神転生の思い出〜ニュートラルヒーロー編「最強の優柔不断による喧嘩両成敗」の巻

たくさんの真女神転生があるなか、未だに名高い初代プレーン。

今回はその主人公、ニュートラルヒーローと、その物語が自分に与えた影響について語ります。ネタバレあります。

さて、ボクらの真・女神転生はゆるくも哲学になり得るか。もし、読むに耐えられたならば、私の他のヒーローの記事もあるので読んでほしいです。


天使や悪魔、一極支配を目論む輩にとって大変に迷惑なヒーロー

一言で、ニュートラルヒーロー(以下、ヒーロー)、イコール、最強の優柔不断とでも言いましょうか。めちゃくちゃ迷惑ですね、カオスとロウの両勢力にとって…。

お前なんやねん、グワー!(南無)

物語上で何度も繰り返されます。カオスとロウの両方のボスをお相手するので、ロウやカオスルートの2倍、上記のやりとりがあります。通称、虐殺ルートと呼ばれています。

ニュートラルルート、エンディングまでのあらすじ

ヒーローたちは共通の夢に導かれ、現実でも互いを認識する。同時期に主人公は悪魔召喚プログラムを手に入れ、非日常化する東京のアクマ騒動に巻き込まれる。

すでに、一般市民を謀り、人間の代表者を立てて争うロウとカオスのアクマたち。渦中、純粋に街を守ろうとする第三勢力のレジスタンスに味方するも、ICBMによりトウキョウは崩壊。

崩壊の直前に、まだ死ぬべきではないと、或る者にヒーローたちは、エンノオズノのいる金剛神界に避難させられる。

そこで修行の後、アクマが闊歩する荒野と化したトウキョウに再び放流され、以降、本格的にロウ勢力の天使的アクマとカオス勢力の悪魔的アクマの戦争状態に巻き込まれる。

それからも一時は変わらず、ヒーローたちは協力し合い一緒に旅をしていたが、常に極限状態の荒野にて価値観の違い、そのほか色々とあって、主人公は他のヒーローたちとは道を違え、別れることとなる。

主人公以外のヒーローは、ロウとカオスにそれぞれ傾倒して行き、ロウヒーロー、カオスヒーローとして互いに反目し合い犬猿の仲。関係の修復はもはや不可能であった。

主人公はヒロインと共に、どっち付かずのニュートラルヒーローとして活動する。その強さと影響力から無視できない存在ではあったが、ロウとカオスの両陣営からのアプローチを断り続け、両方の敵とみなされる。

ニュートラルヒーローの行く先々で戦闘は激化する。その裏には、ロウかカオス、一極による絶対支配を食い止める太極的な流れの導きがあった。

ロウ勢力は神の選別を行うため、洪水を起こし、トウキョウを海に沈めた。洪水から免れる唯一の建造物、信者たちの強制労働でおったてた大聖堂に千年王国を作ろうとする計画だった。

カオス勢はその真下に陣取りカテドラルの乗っ取りを企む。大天使と阿修羅王、両者睨み合いの最終局面。そこへ、乗り込むニュートラルヒーロー。

多大な犠牲の果て、ロウとカオスの喧嘩両成敗を果たす、という物語だった。

エンディングでは、タイジョウロウクンという、太極の流れを支援した仙人が語り出し、ヒロインと新世界の幕開け。

タイジョウロウクン?誰?って感じでした。もうちょっとストーリーに絡んで来いよ!せめてルシファーぐらいにはヨォ〜!

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タイジョウロウクン「呼んだ?」

「やっぱりいいです」

タイジョウロウクン「呼んだ?」

「ちょっ、圧を感じるんでぇ…」

以下、私がこのゲームにどのような影響を受けたかをメインに語ります。

おつかいプレイでは、利用される立場になる

このゲームの発起人は、プレイヤーがどう行動するか、それがプレイヤー自身への問いかけになると踏んだらしい。

しかし、最初にプレイした時は、ドラクエで培ったおつかいプレイの癖が抜けないまま、ロウ側でクリアーしてしまった。

天使は見た目カッコいいし、ヨイショしてくれる。洗脳されちまってたなと常々思う。しかし、私は支配は勿論のこと、極端な罰を与える潔癖症の秩序も嫌いだ。

ロウもカオスもどちらも、言い分はそれぞれ正しい部分があるが、それを強要して攻撃してくることがそもそも無茶苦茶だ。

その理想が良いものなら勝手に人は付いてくる。現実では、まあ生き残るためには仕方ないって所属がほとんどだろうけど。

現実で鬱屈した私は意地になって2週目をニュートラルルートでクリアした。天使のおつかいを断ったときの掌返しがね…新鮮だった。

この大天使のように、ちょっと自分の思い通りに行かないと豹変して攻撃的になる人たち、大人しい人はいつも、こういった方々の言うことを聞いていませんか?自分が逆の立場になれたことってあったけ?

ニュートラルが指針となる

ゲームをクリアしてからもニュートラルという言葉が頭に残って、思春期だった私に刺激を与え続けた。ヒーローの強さと両方のアクマが呼び出せる理想状態。ええやん、しかし、現実は如何に。

スクールのヒエラルキー?みんな仲良くしようじゃないの?器用に振る舞ってたつもりがただのビビりだったり。そんなん嫌じゃーで、独立心が芽生えてた。活発なグループも大人しいグループも泳ぎ回って、変な奴に思われた。まあ、元々変だったようだ。

ロウとカオス善と悪だろうと、押し付けるのはその人の心の問題であって、両方を認められる自分は清々しいのでは、ひょっとして強いのではないかと全力で勘違いしたのだった。

勘違いというのは、大人になってからは、選択しないことで利用されている部分もあるなぁと思えてきたからだ。一見、中立に見える全体主義を押し付けて意見を殺して利益を奪う狡い奴らもいる。単純な陣形が鶴翼陣で貫かれているぜ。他人を支配するという明確な信念にやられないように、それを拒絶できて喧嘩両成敗やってのける、やはり、自分はあのニュートラルヒーローに憧れている。

エピローグ

——ゲームプレイ中

攻略本の後ろにあった悪魔辞典は何度も読み返した。クーフーリンカッコいいけど、フェンリルに丸呑みにされるのかよ!とかフンフンと鼻息荒くして読んでた。あの頃のファミ通の攻略本は大丈夫だった。ベリアルの壺の詳細がないことの他は、ベリーナイスだった。

アクマの知識を得て、その上でプレイするので、神や霊、形而上の畏怖すべき存在が仲魔として昇華(昇華?の逆)されてしまった。最強のプラグマティズム、神への冒涜、これは恐るべきことだ。このことが、恐るべきことだと感じないことがすでに恐るべきことだ。真の変容は気付きを伴わない。ザッツ、真女神転生。

女神転生は目前に迫る

アクマ召喚プログラムは確かに存在した。片手で握り込めるカートリッジがその正体だ。このゲーム、在り方を問うには十分な内容だ。

数十年後、このゲームのように形而上の者たちが暴れ出す日がくるかも知れない。AIとか、そっち方面に進化してアクマが生産ラインに乗る。

もうスタップ細胞もあるし、キメラも作れる。天使はロボットで、悪魔絵師の描くデザインを即採用。魔法は兵器。これ全部、可能じゃないか!って奴が作るのを楽しみにしている。

ハイブリッドなアクマやメシアは高速で人生経験を回して、100万回生きさせて、神仕様を作ったりして、そいつがたまに暴走すると仮定しよう。

そのとき、果たしてニュートラルヒーローは現れるのか。俺、実家に模造刀しか武器ないし、多分、爺さんになってる!みんな、がんばれ。

えっ?ブルービーム計画?あれは実現しても手抜きのコケ脅し。テレビ世代が居なくなったら頓挫すると予想します。

↓カオスヒーローの思い出









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