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詩】天の川の向こうに

彼の書いた詩の幾つか読んだが
彼は自分は独りきりで生きて行くだろうと
心の底からそう思っている種の人間だであると感じた


孤独を見据えることで危なげな自我を保ちつ
あわよくば詩を書くことで社会的な自分を成り立たせようとしたのだろうが彼は父親になってしまったという

各あるべきと鼻息荒く貫いていた孤独を
台無しにしてしまった
己が貫く夢よりも大切なものとして
家族を守らなければならなくなったのだ
その行為を彼は偽善と見立つつ適応はしていた

彼は周囲には優しさを配った
それは生まれながら御することが出来なかった
他人の感情に対して恐れるせいでもあった

彼の優しさは常々生きづらさを伴っていたが
おかげで俗世特有のめまぐるしさに一息ついたときに
時を超えて注がれてきたもの(愛とは呼びたくないが)
家族といる喜びを染み入るように感じるきっかけとなった

皮肉にもそれらの家庭的な経験が
彼の詩により普遍的な輝きを与えた

葛藤はそのままに
暗く孤独であった過去の自分ではありえない感覚で
詩が生まれる
よりにもよって幸せな詩が…

そして多くの共感を得て詩人として大成した

あら おめでとさん
ところで何かを忘れてやいないかい?

彼が独りきり 完全に孤独であったとき
詩作においていつも頼りにしていた存在
彼の真実を知り得る存在が側にいた

家庭を持つ私生活と詩生活の両立とともに
次第にそいつの声は小さくなり
今はボソボソと何を言っているかも分からない

それでも 時折 黒い影となったそいつは草葉の陰に立ち
恨めしそうに呪詛を放って彼の気を引こうとする

生活があるのだ 家庭があるのだ
父である故に弱さの像を抱けない
繰り返される彼のその訴えを
そいつは受け入れてくれはしない
縁側から小石を放り あやす様に声をかけるが
無視をされる


それでも彼は暫しの時間
そいつと繋がってみようと試みる
昔のときを懐かしむように


一度 空を見上げる

今も暗がりにいるだろう そいつは本当に真っ黒だ
その存在は私の全力ではない親愛を看破し拒絶し
過去から千切っては持たされた死の覚悟を
塊にしてみせて見せびらかすように真っ黒のまま

さて 

そいつの正体については
健全な大人であればすぐに察することができるのではないかと思う
社会人の貴重な時間とエネルギーを
無限に吸い取ることができると云われる
モラトリアムというアクマである
長くは持て余してはいられない



あらま…彼はまだ呼びかけようと試みるのか

態(わざ)とらしい…

私は家庭を持つ彼が詩作の中で未だに
少年性と共存しようと足掻いていることに
何やら腹が立って大袈裟に驚いてみせた


父を見て嬉しそうに駆け寄る子供の声
影は怯えながらスッと掻き消える
彼は子供を肩車して妻の元へと向かう



嗚呼 結局は貴方はそのアクマとは
宇宙的な距離を置くことを選んだようですね
とうとう幸せになっちまったんですね

貴方に捨てられたアクマが可哀想なので
アクマに聞こえるように
ここぞとばかりに私は彼を皮肉るのである

この眩い光景は見るに耐えない
私は踵を返し 忘れじと自分の影と手を繋いだ

私と手を繋いでいるモノの正体は
自分だけでは見極められない
この宇宙は何故かそういう仕組みのようだ
私は彼よりずっと用心深い
この手が握るものがモラトリアムのアクマとは
限らないだろうよ

なあ そうだろ お前を信じようとしたら負けなんだろ?

アクマは頷いた様にも思えた

斯くして 宇宙の彼方 天の川の向こうには
消費期限で効力を失ったアクマたちが放り捨てられる
もはや完全ではなくなってしまった自分を笑う者の数だけ…

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