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沙羅の咲く庭

水を飲む犬の傍ら沙羅の花白き花弁を染める夕空

子どものころ住んでいた家に、夏椿の木があった。
夏椿、というのは後に知った名前で、我が家ではシャラと呼んでいた。漢字で書くと沙羅。仏教に関わりの深い沙羅双樹に見立てられた木だ(実際は別種)。

夏、シャラは椿の花によく似た一日花が咲く。
花は白くて、黄色い蕊とのコントラストが美しい。朝に咲いて、たった一日で落花してしまう。無常を表すとされて、花の美しさと儚さで人気があるようだ。

父が椿が好きで、椿も庭にあった。春には椿、夏にはシャラが咲いた。
どちらもチャドクガがつきやすい。シャラにはいつだったか、たくさん毛虫がついてしまったこともある。
花は毎日のようにぽとりぽとりと落ちるから、掃除も大変で、いいことばかりではない。

儚さが愛されるだけのことはあり、落花したシャラは白い花びらが朽ちて茶色くなるのも早く、触れると花びらがぽろりと剥がれやすい。美しい真っ白な落花を手のひらにのせるのは、なかなか難しかった。

我が家では、私が4歳の頃から柴犬を飼っていた。
雌で、2度、わざわざ依頼して柴犬との子を産ませ、それぞれ1匹ずつ、後ろ足が少し悪い雌の子犬を、うちでそのまま飼った。
成犬となった母子3匹が常時うちにはいたのだけれど、その後、この母犬と恋人犬(近所の、シェパードと柴犬のミックス)との間に何度か、脱走の果てに子犬が生まれ、多いときでは、成犬3匹と子犬5匹の総数8匹が我が家にいた(子犬は生後2ヶ月近くになると、もらわれていった)。

犬たちは、父が庭の出入り口に脱走防止の柵を拵えて、庭で放し飼いにされていた(そして時々、閉め忘れたりして脱走された)。
犬たちは繋がれることなく、自由に庭で遊び、寝て、しばしば家の中にも入っていた。実にいい境遇だったのではないかと思う。

シャラの木は、犬の水入れが置いてある近くに植わっていた。
犬は木の周りで寝そべったり、幹を噛ったり引っ掻いたりとイタズラもした。

七夕のときは、庭の笹を切って飾ることもあったけれど、シャラの枝に短冊を飾ったこともあった。

シャラはひょろりと背が高く、すべすべした独特な幹だ。
庭の一番目立つ場所に植わっていたこの木を思い出すとき、庭を自由に駆け回っていた懐かしい犬たちの顔も名も、それぞれの性格も癖も、出来事も、一緒に思い出される。



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