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こんなことで仕事を辞めるのか?

まばゆくシャンデリア。汚れ一つない赤い絨毯。
結婚式は夢を与える非日常なもの。だからあなた方も人間であることを一旦忘れて。
私達はマシーンになるの。どんな状況にも対応し笑顔を絶やさないマシーン。
採用時にマネージャーから言われた言葉だ。
今の私はマシーン失格だろう。
顔に現れてるのは嫌悪感だ。
きっかけは招待客のある行動だった。
「きゃあああ!ヘアーは?」
「ダウンヘアは絶対NGなのに!」
結婚式であるまじき言動。
結婚式でなくても有り得ない悲鳴。
正確に言えばここは招待客のウェイティングルームなのだが。
矛先を向けられた女性は部屋から出て行った。
凍り付いた空気の中で。
絶対NGよね。
花嫁に恥をかかすわけにはいかない。
何て世間知らずなの。
等と当事者とその連れが二人で話している。
パイナップル頭をして何となく瓢箪に似てる女性。
もう片方はすっぴんに何故かピンク色の着物を着ている。
そこにいた全員が昭和時代に取り残されたような二人を唖然として見つめた。
その後女性は戻ってきたが
「うん!ハーフアップOK」
「○○に恥かかせないようにしないとね~」
と言う二人を背に荷物を預ける哀れな女性の表情を直視できなかった。

受付が一段落するとウエディングプランナーの夏希さんがやってきた。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
二人で人気のないウェイティングルームを眺める。
「聞きました?」
察しの良い夏希さんは何のことか分かったようだ。
「聞きましたとも。よく修羅場にならなかったわ」
「あれ、結婚式に髪下ろしたら駄目なんですか?」
「一応マナー本にそう載ってるけど現代においてはないも同じ」
「そうですね。オフホワイトのスーツの人もいますしロングブーツの方もいますしね」
私はこの仕事を始めてからの奇矯な服を着た人達のことを思い出しながら言った。
「あの方、どうしたんでしょうね」
「自分の足でメイク室に行ってお金払ってセットしてもらってた」
「一人で」
それ以上は言葉が詰まって言えなかった。
「珍しいことじゃないのよ」
夏希さんは私の気持ちを読んだように言った。
「滅多に会わない人達に会うとその中で自分が何番目にいるか気になる。自分より上と思ったら徹底的に批判するし、下と見れば自慢話する」
「上とか下とか何を見て判断するんですか?」
「さあ。自分だったりテレビやネットで見聞きしたことを基準にしてるんじゃない?」
「・・・何でそんなことするんですか?」
「滅多に会わない人達だからでしょ」
言ってる意味は分かる。
言ってる意味を受け入れたくなかった。
「普通の食事とかだと理由つけて帰れる。でも結婚式ばかりはね。席も用意されてるし、場が場だから喧嘩するわけにもいかない。言われたら言われっぱなしで・・・」
「もういいです」
私は夏希さんの言葉を遮った。
これ以上聞きたくなかった。

両親への手紙を花嫁が読み式が終了した。
私が招待客へ預かった荷物を渡している時、あの女性が前に立った。
番号札を預かり荷物を渡す。私は思わず
「あの、そのドレス素敵ですね」
声をかけていた。
女性はびっくりしたように私を見た。
少し笑顔を浮かべ
「ありがとうございます」と言った。
何故かホッとした。

最後の荷物を渡し終えると
「あの受付の人のインナー下着みたいだよね」
声が聞こえた。
どんな小さな声でも批判は必ず耳に届く。
周りを見渡すと20メートルくらい離れたところで例の二人が私を見ていた。
下着みたい。
私は自分の服を確認する。
スーツは支給品だがインナーは自由だ。
私は襟元にフリルがついたトップスを2枚重ね着していた。
見ようによっては下着に見えなくもないが、え、何?
「ほんとだ。下着だけみたい」
「嫌らしい。厳かな場であんな服装許されないよね」
「胸も開き過ぎ。破廉恥女」
腋から汗がにじみ出てきた。
帰らずにロビーにいた招待客が、従業員が、全員私に注目しているのが分かる。
周りを見渡すと誰もが目をそらした。
夏希さんまで。

それからの記憶はほとんどない。
気が付いたら自分の部屋のベッドに横になっていた。
どうしてこんなに傷ついてるんだろ。
もっとひどいクレームなら受けてきた。
その都度気持ちを切り替えて乗り切ったはずなのに。
きっと私があの二人にも、素敵ですね、と言えばこうはならなかった?
私が「嫌らしい」服を着てたのがいけないの?
せめて目の前で言ってくれたらこちらも対処できたのに。
気が付いたら泣いていた。
身体が小刻みに震えた。
大勢の前で心を切りつけられた驚きなのか恐怖なのか分からなかった。

明日からどうすれば良いのだろう。
代わりのインナーはある。でも、言う通りにするのは嫌だった。
何の意地か分からないが嫌だった。

もう、辞めたい。

こんなことで仕事を辞めるのか?

こんなことがあったから仕事を辞めるのか?

頭の中で答えのない問いを繰り返した。
ふと「ありがとうございます」と言った同じ『被害者』女性を思い出した。
あの人はこれからどうするのだろう。

それから2年たった。
私は結婚する。
ウェディングプランナーは夏希さんにお願いした。
「マナー本に載ってるドレスコードは一切なしにします。招待客さんは白を着て花嫁とペアルックも良し、コスプレだとなお嬉しい、ジーンズもOK、もちろんヘアスタイルも自由で。私はみんなと騒ぎたいからウエディングドレスに白いスニーカーを履きたい」


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