中国企業の「自由」を過小評価してはいけない

 経済発展には自由が不可欠である。にもかかわらず国家主導で自由が制限されている中国が米国を脅かすほど発展している。これをどう説明すべきか?

 興味深い問いかけである。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO54045650V00C20A1MM8000/

 たしかに中国では米国など西欧諸国のような市民的自由はない。企業活動も制限されている。しかし一歩企業組織のなかに入り、個人に焦点を当てた場合、外の世界とは違う様相がみえてくる。

 周知のように改革開放以来、中国経済とともに中国企業も大きな変貌を遂げ、社内ではある面で米国企業以上に競争原理や市場原理が徹底されている。市場連動型の報酬制度、罰金制度などは欧米企業ではあまり例がないものもある。

 とくに日本企業と比べた場合、(広い意味での)成果主義ははるかに徹底されている。そして成果をあげるかぎり働き方は細かく干渉されない。ベンチャー企業では社員が床に座ったり、寝転がったりしながら発想を練っているし、チャンスがあれば迷わず会社を飛び出して起業する。勤怠管理や評価制度がますますマイクロ化するわが国とはむしろ対照的である。

 イノベーションにしてもその応用にしても、原点は個人である。その個人に注目すると、米国=自由、中国=不自由とは言い切れないのだ。まして日本などある面では、とくに社内では、中国よりはるかに社会主義的、管理主義的である。ステレオタイプで一元的な見方から脱却し、足下を見つめ直すときではなかろうか。

「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。