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イグニッションコイル

ETCゲートを抜けて、キックダウンに気をつけながらアクセルを踏み込む。
いつもなら2000回転前後から感じる十分なトルクがない。
80km /hまで辿り着くのに時間がかかり、
何かおかしいと感じたところで、警告灯が点滅する。
オレンジ色の警告灯は、走行は可能だけれど、緊急停止が必要ではないという意味。
感じたことのない微妙な振動がハンドルから伝わってくる。
高速を走り続けるのも心配になり、一番近い出口から一般道へ降りた。
突き当たった交差点の信号待ち。
エンジンは800回転前後、車体が不規則に揺れる。
振動の大きい不安定なアイドリング。
低回転であるほうが、ハンドルから伝わる振動が大きく感じられる。
4つある燃焼室のどこかがおかしくなり、バランスが崩れて不規則な振動が起きている。
でも、まあ、下手な考え・・・と、安全第一、騙し騙し、予約していた親友の店(理髪店)へ向かった。



正月休みに地元の友人が集まる機会があった。
5年前に地方へ転勤した友人が、数年ぶりに帰るという話。
年末も押し迫った頃、急遽連絡があった。
しかし、年末年始のあいさつなどもあり、自分は参加できなかった。
正月休みが明けて数日経ち、その会の様子がとても気になっていた。
特に、東北へ転勤した友人がどんな様子だったのか。
というのも、昨年の夏、その友人の妻が急な病で亡くなっていた。
雑事にかまけて、訪ねることはもちろん、連絡という連絡すらきちんとできずにいた。
いつも気になっていた。気づけば季節は秋を過ぎ、冬になっていた。
日本海側の豪雪に関するニュースを見る度、彼のことを思い出した。



愛車は理髪店までなんとか辿り着いた。
散髪をしてもらいながら、正月休みの会の様子を聞かせてもらう。
時系列に沿って丁寧に話をしてくれた。
話の中で、転勤した友人が話した言葉に気になるものがあった。

「こっちへ戻る意味がないから。」

聞けば、転勤先の土地に骨を埋めるような話だったようだ。
住まいも、墓も、向こうに準備するつもりだという。
彼には地元に建てた家がある。
もちろん、自身の家族やたくさんの友人も。
いずれ地元へ戻ってくるものと思っていた。
彼の語ったその言葉を何度か心の中で反芻した。
何ができたわけではないかもしれないけれど、とても悔やまれた。
正月の会に参加しなかったこと。連絡を取れなかったこと。
併せて、彼が過ごした転勤先での5年間が、
何ものにも代えがたい時間であったのだろうと想像した。
そして、これからの彼と彼の家族の生活も同じような時間であってほしいと願った。



散髪の後、ディーラーに車を持ち込む。
初年度登録から13年が経った我が愛車。
御多分に洩れず、電気系統、パッキン類など、点検に持ち込むたび、何かしらの問題がある。
しばらくして、メカニックから、4つあるイグニッションコイルの一つが故障し、燃焼室が一つ動いていないという報告。すべてのコイルが13年経過しているわけだから、本来、すべて交換するのが望ましい。
ただ、13年共に過ごした他のコイルに問題なければ、そのまま使いたいような気がした。
しばらく考えて問題のあるコイルだけ交換することにした。



帰り道、アクセルから感じるトルクは元通りに感じられた。
13年経つ我が愛車は、いつもと同じように加速し、海沿いの国道を走った。

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