ブックガイド(158)「延暦十三年のフランケンシュタイン」山田正紀

1988年 徳間書店


「SFアドベンチャー」誌に四号に渡って連載された伝奇ロマンである。
当時、読みそこなっていたこの作品を思い出させてくれたのが、Xで相互フォローさせていただいている読者さま。
 氏のポストで、これは読まなきゃならんでしょうと、地元小牧市の中央図書館を調べたところ、閉架の方にありました。さっそく予約して、たった今、読み終わったところです。


空海は二人いた

真言宗の開祖として厳しい修業と同時に、全国に足跡や伝説を残している空海。その空海の人物像を四人のキャラクターの伝え語りで描いていく巧さにまず唸った。
空海は二人いたと言われることがある。宗教指導者としての空海と、伝説伝承として民間の津々浦々に伝えられる弘法大師としての空海。
作者は、生まれながらに強大な呪力と不思議な魅力を持つ青年・真魚(まな)が仏法に惹かれつつも、当時の仏教界の腐敗に嫌悪を抱く気持ちから、呪法を使って死者の全身骨格から自分そっくりの青年を生み出してしまう。
その二人の真魚(まな)の運命を、四人の視点の思い出語りで綴っていくのだ。

四人それぞれの運命も

語り手の四人と周辺人物たちも、また真魚(まな)によって変えられた運命を背負っていく。キャラによっては悲劇的な結末もあるが、それでも絶望的ではない。ここがストーリーテラーとしての作者の凄さだ。
そして二人の真魚(まな)という設定は、同時にキャラクターたちが背負うアンビバレント(二律背反)な心情の秀逸な暗喩となっている。

アンビバレントの暗喩

二人の真魚(まな)という設定は空海になる前の修行者が、「修業」と「救世済民」の板挟みになる葛藤の暗喩。同時に、周囲のキャラの真魚(まな)に魅了されつつも憎むというアンビバレントな感情のメタファでもある。

この物語は二人の真魚(まな)を描きつつ、人々の相反する気持ちが止揚されていく物語になっている。
1988年に書かれてはいるが、極めて現代的な物語なのだ。
山田正紀氏の初期の傑作「神狩り」や「弥勒戦争」を思い出した。この作品、文庫などにも入っていないのだが、ぜひ文庫化を検討してほしい。
また、アニメ化にも適していると思う。
美少年・真魚(まな)をはじめとして、怪しい美貌の玉依。彼女を愛する大盗・千手丸。平凡な経師でありながら盗賊に一味となってしまい、彼らをみまもっていく三嶋大人。絢爛豪華なキャラ陣が彩るアニメ化作品も期待したいなあ。

(追記)

「SFアドベンチャー」は徳間書店から1979年に発刊されたSF雑誌である。
当時は他にも「奇想天外」誌などが出ていて、早川書房のSFマガジン以外にもSF雑誌が出ていたのだ! 「スターウォーズ」を契機としてSFブームがあったのである。SF映画雑誌「スターログ」もこの時代だった。
「SFアドベンチャー」は小松左京や半村良ら第一線の作家による連載、主軸となった平井和正の『真幻魔大戦』、『狼のレクイエム・黄金の少女』、『地球樹の女神』など、日本人作家のSF作品を主体としていた。

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