ブックガイド(32)「八月十五日の開戦」

「八月十五日の開戦」池上 司 (著) 角川文庫

(2004年 11月 23日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)

 一九四五年八月十五日、日本が無条件降伏を受け入れたその日に、ソ連は北海道占領作戦を発令した。
 北千島の小島・占守島に侵攻を開始したソ連軍の圧倒的な兵力を前に、本土帰還の望みを砕かれた日本軍将兵たちの孤独で困難な戦いが始まる。一方、米国に調停を求めるため、密使はマッカーサーの許に飛ぶ。祖国分断の危機を回避すべく、太平洋戦争最後の戦いに身を挺した人々の壮絶な運命を描く戦史小説である。

 彼らが持ちこたえることができるのはギリギリ3日間と予想されたが、その困難な状況下で、ソ連上陸部隊を阻止し、北海道の占領と祖国日本の分断を阻止した大激戦である。確かソ連軍だけで4500名戦死。
 一般にはほとんど知られていない戦いであるが、北方領土に関しては、声高に「領土、領土」とスローガンをぶちあげるより、この劇的な戦いを映画にしたらいいのではないか。映画向きではある。
 やれ終戦だという安堵感から一転して、祖国の家族を守ろうと再び銃を手にした兵士たち。
 当時、占守島の防衛戦への参加は強制ではなかったが、全員の兵士が志願して戦闘のため島に残ったという。
 角川も今頃「戦国自衛隊」をリメイクするぐらいなら、この作品を映画化してほしかったと思うのは俺だけであろうか。※と思って数年前に読んだこの本を探し出したわけよ。
 平和な戦後日本で育つことができた俺たちは、この島で戦死された将兵の方に、改めて感謝と尊敬の念を抱くのである。
八月十五日の開戦角川文庫

(2023/08/18 追記)
 今でこそ、この占守島の戦いはよく知られているが、執筆当時の2004年はほとんど知られていなかった。この書こそが、現在の知名度アップのもとになったのだと思う。
 翻って考えてほしいのは、沖縄戦や広島・長崎など米国がらみの戦争に関しては微に入り細に渡って報道され、小中学校で語り伝えられてきたのだが、それに比べて、終戦直後の北方領土へのソ連の侵攻や、シベリア抑留に関しては、学校教育で習った覚えがない。昭和33年生まれの少年(私)にとって、学校で習うソ連という国は、貧乏のない理想の国、ロシア民謡の国であった。
 小学教師(母)と高校教師(父)の家に生まれた私の家庭にはロシア民謡のソノシートと歌集があり、赤旗日曜版が配達されていた。
 今思えば苦笑いだが、物理的に日本を占領した米国に対して、ソ連は労働運動や教員組合を通して精神的に占領していたのだと感じる。
 教員の父が、大きく右側に揺り戻されるきっかけになったのが、あさま山荘事件や、山岳ベース事件に触れたこと。
 勤務先の知人(教員)が犯人グループの一員の親だったのだ。学生闘志たちの「総括」「自己批判」というリンチ事件をニュースで聞いていた父が漏らした、
「旧・陸軍の内務班のいじめと何が違うんだ」という言葉を、中学に入ったばかりの私は覚えている。

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