1700字シアター(1)おもてなし

(2021/01/15 ステキブンゲイ公開)
 開幕5分前の陰アナが流れた。
 まだ幕の下りたステージにはパネルディスカッションの舞台が作られている。司会者の机とパネラーの机。
 舞台袖に現れた出演者たちを、
「どうぞこちらへ、お名前のボードの席へお座りください」と、ぺこぺこと頭を下げながら出演者を案内している俺はディレクターだ。
 MCの局アナ女史がマイクを手ににこやかな笑みをパネラーに送っている。
 頭上には「名古屋の魅力発信、おもてなし!」と銘打たれたタイトルボード。地元通信会社の周年記念事業として、新聞社が主催するパネルディスカッションであった。
 パネラーはスポンサー会社のCMでおなじみの経済アナリスト・松永秀朗。新聞社からの依頼で駆けつけた名古屋市長・村山ひとし。客寄せのための地元出身アイドル・田口なお。そして地元経済界に忖度して中村区の老舗料亭の社長で名古屋経済界の長老・中村吉次郎という面々。
 司会は新聞社の論説委員・井上一郎。そして進行は新聞社系列広告会社の平ディレクターである俺なのだった。
 担当営業が心配そうに「大丈夫かなあ」と言った。
「もう、内容は決まってるから。みんなが意見を述べた後、井上さんがインバウンドにはおもてなしが重要です的にまとめてシャンシャンだから」と俺。
「そうなんですか?」
「たぶん、採録記事の下書き、もう出来てるかもよ」
 そうなの?とつぶやきながら、営業担当は客席に向かった。

 幕が上がった。
「魅力のない街第一位の名古屋市、今後、魅力発信はいかにすべきか、ゲストの皆さんと語ってみたいですね」と井上。
「名古屋はビジネスの街、来訪者の多くはビジネスです。これは日常です。ハレとケで言えばケなんです。非日常のハレである観光とは相容れないんですよね」と松永が言うと、
「とにかく、京都や大阪には負けとっちゃいかんのよ」と市長が吠えた。
「名古屋ってだけで、東京では肩身が狭い」と田口なおが照れくさそうに言い、
「名古屋は今でも十分儲かってる」と中村がぼやく。

 お約束のように進む論議に俺はあくびをしかけて、あわててそれをかみ殺した。どこで誰が見てるかわからない。
 ここにいるスポンサー、メディア、営業などの関係者の中で一番地位が低くてちっぽけな存在が俺なのだ。
 昨年、東京キー局のドラマ原作で佳作入選したのをきっかけに、営業職からあこがれのディレクター職に異動したが、それは営業よりもさらに発言力が低い存在になることだと早々に気づいたのだった。語り口が皮肉っぽいのはそれもある。

「ビジネスをきっかけとしたビジターを大きなインバウンド需要につなげるのが名古屋をハブとした観光。おもてなしです」と松永が言い、
「そう、おもてなしの心のシンボルがエビフリャーだがね」と市長が吠え、
「その心で名古屋を応援したい」と田口なおが言った。
 この三人はギャラ相応に盛り上げてくれる。
「意見も出尽くしたようですが、中村さんどうですか」と井上が言った。もう終わる気満々だ。
 中村は、
「名古屋は大金持ちのお大尽ですよ。昔の座敷では、おもてなしてえのは芸者や幇間(たいこ)の仕事ですわ。観光以外に何の取り柄もない京都や金沢に任せとけばええんよ」と言った。
 そして、
「どうしてよそと比較するのかねえ。名古屋ってすごいのに」とつぶやくと、客席からは笑い声と同時に「そうだ」「よく言った」という声があがり、それは割れんばかりの拍手になった。
 井上をはじめとして松永も市長も困ったような表情だ。
 客席の左端に座っている採録記者が頭を抱えている。
 俺は笑いをかみ殺すのに必死だった。陳腐な討論という名の茶番に、中村老人が放った爆弾は強烈だった。
 ディレクターとしては困った顔を演じているが、俺の心の中の小説家は大喝采だった。

 翌朝の朝刊で昨日の採録記事広告は第六面にあった。
 全ページの上半分で採録記事、下半分が通信会社の周年記念広告になっている。
 ページ全体に「おもてなし」が踊っている。
 大きな仕事をやり終えた安心感はあったが、残念なこともあった。
 中村老人の例の言葉は、予想通り「名古屋はもっと自信をもとう」という温い表現に書き換えられていたからだ。

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