ブックガイド(44)「木枯し紋次郎 赦免花は散った」(笹沢佐保)時代小説文庫

「木枯し紋次郎 赦免花は散った」(笹沢佐保)時代小説文庫

(2004年 02月 18日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)

 ドラマで一世を風靡した、おなじみシリーズの第一作だ。
『赦免花は散った』は、紋次郎がこの世でただ一人、気を許した兄弟分、日野の左文治の身代わりで三宅島に島送りになるというところから始まる。その時、紋次郎には密かに慕うお夕というかたぎの娘がいた。しかし、流人船が出ようとしたとき、お夕は橋から身を投げて自殺してしまう。自分のためにかたぎの娘を死なせたことに紋次郎は苦しむ。
 三宅島での紋次郎の心の支えは、誰の子かもわからぬ子を身ごもった、同じくお夕という名の女囚の面倒を見ることだ。死んだお夕の供養のつもりである。
 しかし、その女も身を投げて死んでしまう。それを機に、紋次郎は誘われていた島抜けに加わり、江戸に戻る。するとそこには、死んだはずのお夕の姿が……。

 赦免花とはソテツの花で、この花が咲いた年には刑期を終えた者を迎えに来る赦免船が来ると信じられていた。
 紋次郎に己の裏切りがばれて「おなかの中に左文治の子がいる、左文治を切らないで欲しい」と嘆願するお夕に、紋次郎の脳裏に、父無し子を抱えて身を投げた三宅島のお夕の姿が浮かぶ。
「赦免花は散ったんでござんすよ」
 そう呟いて紋次郎は左文治を切る。

 救いのない話である。しかし、面白い。たった一人で、何かにせき立てられるように旅を続ける紋次郎。物語には救いがなくニヒリズムに満ちているにも関わらず人気が出たのはなぜだろうか。
 愚痴もこぼさず、心を開く友達もいず、己の業務に邁進してきた、俺の親父の世代の「男」達は、この寡黙なヒーローに自分を重ね、静かなカタルシスを感じていたのであろう。

 名手・笹沢佐保の小説作法を学ぶに最適な作品群である。蛇足ではあるが、私はあまりのうまさに、この第一作を、丸ごとノートに清書して、段落ごとに分析したことがある。
 作者は、紋次郎が「思った」とか「感じた」などと一切描写しない。しかし、彼のみた光景の描写だけで、紋次郎の怒りや絶望を読者に「しっかりと伝えて」くる。しかも、ストーリーがどんどん展開していくのにシンクロして、火山の噴火、荒れる海、と舞台背景も劇的に展開する。
 エンターテイメント小説を志す人は、絶対に読むべき作品群。面倒臭がりの俺が、まるまる模写してしまった作品は、あとにも先にもこの一編だけである。
木枯し紋次郎 (1)光文社文庫

(追記 2023/09/05)
この作品群のハードボイルドな特徴は、主人公の心情を地の文やセリフで語らせずに、紋次郎の目に映る情景で読者に伝えていること。
心象風景の描写で、気持ちを暗示的に伝える」である。まさにハードボイルド描写。


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