ブックガイド(34)「モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活」(文春文庫)

「モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活 」奥泉光(文春文庫)

(2009年 04月 06日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)

 とにかく、これは面白かった。何しろ社員旅行へ行く日の朝、書店で購入して読み始め、半分読んだところでホテルに宿泊。翌日、ホテルに本を忘れてしまい、あわてて本屋でもう一冊購入したほどだ。
 大阪のしがない短大助教授・桑潟のもとに、ある童話作家の遺稿が持ち込まれた。出版されるや瞬く間にベストセラーとなるが、関わった編集者たちは次々殺される。この突然殺人事件の渦中に放り込まれるしがない短大の準教授が笑わせてくれる。また、遺稿の謎を追うもう一人の主人公北川アキの造形がいいのである。
「アトランチィスのコイン」と呼ばれる超物質や、戦争中の旧日本軍の存在など、「雑誌の特集記事」や「新聞記事」などを巧みに引用しながらストーリーが語られる。
 北川アキ女史と元夫の謎解きストーリーと、へっぽこ教授桑潟の現実とも幻覚ともつかない不思議な体験が並行して描かれる。
 ミステリーとSFの文法で、近代の日本文学を語るわけである。面白い。筒井康隆の「文学部唯野教授」なんかを思い出した。
 また、饒舌な文体が気持ちいい。どれぐらい饒舌かと言うと、もうこりゃあ情報過多と言ったほうがいいんじゃないかと思われるほど饒舌(と思わず、紹介している俺の文章まで饒舌・・・)。
 満腹できる読後感である。週末の夜に一気にお読みいただきたい。
モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活 (文春文庫)

(2023/08/22 追記)
 今や芥川賞の選考委員の奥泉先生だが、私が初めて読んだ奥泉作品がこれだった。すっかりファンになってしまった。
 ミステリータッチで作品が「読者に対してフレンドリー」なところも感心させられた。
 2004年の「新・地底旅行」は漱石の文体で明治の日本でヴェルヌ的冒険譚を書くというトリッキーなところに欣喜雀躍する自分がいました。

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