ブックガイド(54)夢を売る男 (幻冬舎文庫) 百田尚樹

(2015年 04月 14日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)

 輝かしい自分史を残したい団塊世代の男。スティーブ・ジョブズに憧れるフリーター。自慢の教育論を発表したい主婦。本の出版を夢見る彼らに丸栄社の敏腕編集長・牛河原は「いつもの提案」を持ちかける。「現代では、夢を見るには金がいるんだ」。牛河原がそう嘯くビジネスの中身とは。現代人のいびつな欲望を抉り出す、笑いと涙の傑作長編。というのがアマゾンの内容紹介。
 丸栄社ってのは、文●社がモデルなんだろうな(苦笑)。●芸社は2000年ごろから「公募ガイド」などに広告を打ちはじめて、いわゆる自費出版ビジネスのムーブメントを作り上げたのだが、ブログやSNSなどで語り始めた現代日本人の自己顕示欲アイデンティティ承認欲求を上手くくすぐって成長した。
 私自身、若いころから小説を書いていて、それを人に読んでもらいたくて自分でインターネットのホームページを作り始めた人間なので、自分の本を出す夢を見る人たちの気持ちはよくわかる。
 そんな業界を舞台にしたユーモア小説である。文芸出版って苦しいんだなってのがよくわかる。作中で、主人公の編集者が、力ある才能は、もう小説ではなく、マンガや映像やゲームに流れている、という言葉が出てきて、それはあるかもなと感じたりした。昔はエンターテイメントの主流であった小説。今は、マンガや映画やゲームなどストーリー型のエンタメの選択肢は多いもんね。
 実は私も小説では食えませんので、派遣社員やバイク便のライダー(これは先日引退しました)で日銭を稼いでいるが、派遣の仕事は、苦情電話を受けるという仕事。この作品に出てくる、本を出したい、というような自己顕示欲やアイデンティティ承認欲求の強い皆さんからの電話を日々受けている。
 百田氏の描く人たちがリアルでリアルで笑いを誘う。特に、団塊世代の元三流大学の教授というキャラクターが秀逸。月に一度は、この手の上から目線で企業を叱りたい、という団塊世代からの電話を取っている(苦情)。
 百田氏が嫌われるのは、こういう団塊世代をよく観察して遠慮なく描写するからかもしれない。

夢を売る男 (幻冬舎文庫)

(2023/10/06 追記)
 実は平成6年に、第五回自分史文学賞という公募に応募したことがある。
結局、三次予選(21/431)で落ちたのだが、その後、自費出版企業からの営業攻勢のすごかったこと(苦笑)
 私は一銭も使いたくなかったので「ご辞退」し続けたのだが、その時の営業トークが、「作品は実に素晴らしい。ただ惜しむらくは、貴方には知名度がない、だから共同出版しませんか」であった。
 これで、コロリとだまされるのであろう。
 元・営業マンだった体験から考えれば、地方の文芸同人誌や文芸同人サイトをみて、めぼしい人に営業かければ、結構な数字になるんだろうなあと思う。
 公募チャレンジを続けてきた自分にとっては、「自費出版は敗北だ」という意識があったのだが、Kindleという無料でできる電子出版が突破口を開いてくれた。自分という第一の読者が面白いと思える作品を、だれに忖度もせず書き上げて、さらに世に問えるのだ。
 さらに少数とは言え読者も獲得できた。続編を待ってくださる方々もいる。まさにインターネットという世界のおかげである。

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