あいまいな夜 ⑤
「山さん、こんばんは」
「笹川さん、こんばんは、お久しぶり」
「さて、てくてく歩きますか」
「あ、笹川さんが貸してくれた本、めっちゃ面白かった!他の作品も読んだよ!新訳走れメロスとか!」
「ああ!あれも面白いよねえ」
「京都が舞台だから、我々にとっては読みやすいね、ありがたい」
「うんうん、喜んでくれて何より。山さんにとって良きことがありますように、なむなむ!」
「あ!万能のおまじないだ!なむなむ!」
「んでさ、一個聞きたい事があったんだけど」
「なに?」
「なんであの時、僕に本を貸そうとしてくれたの?」
「あー...えっとね...すごく感覚的なものなんだけど、山さんってなんか、どっか行っちゃいそうな顔してたから」
「え?」
「いや、なんかベランダでタバコ吸ってた時に、この人、なんかふわっと消えちゃいそうだなって思ったんだよねえ」
「なにそれこわい」
「本を貸したら返すじゃない?そしたら、少なくともそれまでは消えないから」
「はー」
「あの賑やかな飲み会の場で、あなたはみんなの話に耳を傾けながら、周りに気を配って、笑って、楽しい話をして、おもしろい人だなーって思ったんだけど、その後タバコ吸ってる時にふと見たら悲しい顔に見えたから」
「なるほどねえ」
「ああ、そういう風に今までも生きてきたんだなって。ごめんね、えらそうに、間違ってたらごめん」
「いや、うん、大丈夫、そっか、すごいな」
「疲れたのかなって思ったんだよね」
「あのさ、うーん、えーと、そうだなあ、難しいな」
「言葉を選ばなくていいよ」
「あのさ、笹川さんも同じかもと思う事があるんだけど、僕こそ間違ってたらごめん」
「どうぞ、続けて」
「自分を偉いというわけではないし、特別だと思うわけではないんだけど」
「うん」
「常に自分の役割を探す癖があるの」
「うん」
「人と接する上で、その人にとっての吹山くんであろうとするというか」
「うんうん」
「人から相談されたりすることも多くて、あ、今はこういう言葉をかけてあげた方がいいなとか、今はふざけて笑ってもらった方がいいなとか」
「うん、わかるよ」
「そうやって人が喜んでくれたり、元気になってくれたり、落ち着いたりしてくれることってめちゃくちゃ嬉しくてさ。あ!これが僕の生き方なんだ!とも思うわけ」
「うん」
「で、頼ってきてくれた人達、元気になったらなったで、ありがとー!って言って僕の前からいなくなるわけ」
「うん」
「良かったなと思う反面、いや俺のことわい!って自分もいるの。性格悪いよね笑」
「ははは、わかる」
「色んなところで色んな吹山くんやってたら、どれが本当の自分なのかわかんなくなってきて」
「はいはい」
「あれ、俺自身は何がしたいんだっけ?って」
「山さん」
「あ、ごめん、喋りすぎた」
「わかったこと、君はすごい。君の言葉は人を守る言葉。だからあの時私の言葉の質感に気づいたんだね」
「え、ああ、いろんな人と話してたら何となく身についただけ」
「あの時も言ったけど、私の言葉は自分を守る為のもの」
「笹川さんは柔らかくて、多彩で優しい言葉をつかえる人だから、みんなからも人気あるでしょう?」
「いいや、そんなことない」
「そうは見えないけど」
「気づかなかった?山さん」
「ん?」
「山さんが沢山自分のこと話してくれたから私も」
「うん」
「私、昔イジメられててね。ちょっとそれを引きずってしまってて」
「うん」
「わたし、うつ病なんだ」
「え?」
笹川さんがTシャツの襟の部分を少しめくったそこには
大きく真っ赤なひっかき傷があった。
「今度は私が自分のこと、話すね」
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