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あいまいな夜 ⑥

「私の話はざっとこんな感じかな。さ、どうだ!私のこと怖くなった?笑」

「いや、怖くはなってない」

「怖く、なってない?」

「ああ、なるほど、怖く、なってない」

「ふふん」

「ちょうどいい言葉が見つからない。そもそも僕が言葉に表していいほど、軽いもんじゃない」

「いいよ、大丈夫。山さん、もし私のこと嫌になったら言ってね」

「嫌になったらね」

「嫌にならないよ、とは言ってくれないの?」

「ここで、嫌にならないよ、ずっと隣にいるよ、なんて言う奴は信用ならんでしょ?」

「はー、よく分かってるね。とにかく、嫌になったら言うんだよ」

「嫌になったらね」

「なかなかしぶといな、ははは」

「来月、どっか飲みに行こっか」

「え、いいよ」

「そうすれば、笹川さんも来月まで消えないでしょう?」

「...君はずるい奴だな」



全部、というわけではきっと無いし、
もっともっと大きな悲しみや苦しみがそこにはあったんだろうけど。

笹川さんの心に絡まってしまった糸を
少しでもほどくように話しながら

また来月、また来月

僕らは京都の街を
くりかえしくりかえし
ゆっくりと歩いた。


「あ、山さん、今日は新月だよ」

「へー」

「新月の日は新しいこと始めたり、願い事したりするといい」

「願い事か」

「そ、願い事」

うーん

「穏やかで優しい日々が、ずっと続きますように」

お、いいね。


「なむなむ!!」



「ごめんね、性格悪いよね、ごめんね、山さん、嫌になったら離れてね、ぶつけてしまってごめんね」

電話の向こうでめぐみちゃんが泣き崩れている。

「大丈夫、大丈夫、嫌になったらね」

「私なんて、いなくなればいいのにね」

「そんなこと、思わなくていい」

「明日も仕事なのに、こんな時間までごめん、ていうかもう今日だよね、ごめんね」

「大丈夫」

「こんな自分嫌だ!!」

今、多分めぐみちゃんの中で
ふたつの気持ちが戦っている。

「離れてほしくない」




「全部なくなってほしい」

絶望は、一種の安心でもある。

「やっぱり」山さんもいなくなった。
こんな私だから。

という

想定内の絶望に留めておける。

簡単に言えば

後で傷つくぐらいなら今もろとも。

という気持ち。

僕がめぐみちゃんに示せるのは

「それでも」山さんはいるんだ。
こんな私でも。

という驚きにも似た安心に変わるまで
彼女の言葉に耳を傾けること。

「あなたの言葉は人を守る言葉」

そう言ってくれた笹川さんを
笑ったり怒ったりするめぐちを
今、電話の向こうできっと小さくなっている

めぐみちゃんを

全部包み込む言葉を。

あの時は信じてもらえなかっただろう言葉を。


「僕は

 どんなあなたでも嫌にならない

 ずっと、隣にいるよ」

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