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映画『見えるもの、その先に-ヒルマ・アフ・クリントの世界-(原題:Beyond the Visible - Hilma af Klint)』

初出:2022年4月27日(Facebook)

 「一つのスケッチを完成させるたびに、人間、動物、植物、鉱物、創造物すべてに対する私の認識が、より明確になっていく。私は限られた意識から解放され、その上にいるかのような気持ちになる。」
 これは、映画『見えるもの、その先に-ヒルマ・アフ・クリントの世界-(原題:Beyond the Visible - Hilma af Klint)』における、スウェーデンの女性画家、ヒルマ・アフ・クリントの言葉。1911年にカンディンスキーたちが「青騎士」展を開催して、美術史の世界に抽象画というカテゴリーを誕生させる5年前、1906年の時点で、彼女は「神殿のための絵画」というシリーズ作品の中で、現在発見されている世界最初の抽象画を、すでに描いていた。それがこの映画の主題であり、ニューヨーク近代美術館(MoMA: The Museum of Modern Art, New York)が認める近代美術史の通説に真っ向から異を唱え、ヒルマ・アフ・クリントを書き加えた新たな美術史を構想することが、その全編を通じて試みられている。
 ピカソが描いたのは、実際には目に見える対象のみであり、その対象を分析・総合することによって、一見、抽象的にも見える対象の真実に迫ろうとしたの対して、ヒルマ・アフ・クリントは、自らもその一部である宇宙と、その構成要素としてのあらゆる存在の姿を描こうとし、そのイメージの根拠を物理学における量子論や宇宙論の世界に求め、それらを概念図としてモデル化した。それが、彼女の抽象画であると、私は考える。従って、ダリのような純然たる観念の世界を描いた作品とは異なり、彼女の作品には、現実的な発生根拠が存在するのであり、その点では、ピカソの方法に近いとも言える。
 それらを映像作品として成立させただけでも、この映画は観る価値があるであろうし、ジェンダー論、美術市場論、教育論等、様々な論点からも語られる価値のある秀作である。ただ、難点を言えば、映画の冒頭で、まずヒルマ・アフ・クリントの抽象画の全体像を、観客の前に提示して見せるべきであった。それが無かったが為に、彼女の作品の発生史的としての、彼女の生い立ちから死に至るまでの過程が、観るものに活き活きと迫ってくることがない。美術史的な主題を重視するあまり、作品としてのストーリー性が犠牲になっている。
 とは言え、美術に関心のある多くの人にとって、十分に観る価値のある作品だと思う。

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