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高校時代の合コンの話

貴重な青春時代の中高6年間を男子校で過ごした僕は、いわゆる非リアだった。
勉強も部活もバイトもせず中学ではモンスターハンターに、高校では遊戯王とマスターベーションに心血を注いでおり、塾にも通っていなかったため、女の子と知り合う機会は皆無だった。
そもそも3次元の女の子と知り合う方法が皆目見当つかず、机の上に置かれた初春飾利のフィギュアを眺める毎日だった。
その結果、6年間で同年代の女の子と会話したのはたったの2回だけだったのだが、そのうちの1回が高校時代の合コンの時だった。
ちなみにもう1回は、地元のコンビニで、卒業ぶりに再開した小学校の同級生に
「イツキじゃん 久しぶり〜」と声を掛けられて
「アッ…ヒサシブリ…ソンジャ……」と返した時だった。

高校2年の秋の話。
帰宅部仲間のシュウヘイとの帰り道、突然後ろから女の子に声を掛けられた。
「あの……この辺の高校の人ですよね?」
振り返ると、2人の女の子が立っていた。
そうだけど、と返すと彼女たちは何やらコソコソと話しだした。
平静を装って返したものの、女の子に声を掛けられるなんてことは初めてだったので、内心ドキドキだった。
シュウヘイも同じようで、僕の後ろでモジモジしていた。
「私たち、S女子高校の2年なんですけど……私たちと合コンしてくれませんか!」
S女子高校はここから3駅隣にある中高大一貫の女子校で、緑のラインが入った濃紺のセーラー服がとても可愛いお嬢様学校である。ちなみに、お嬢様たちの偏差値はあまり高くない。
「私たち女子校育ちで、男の子と話す機会がなくて……もう高2なのに彼氏もできたことなくて……だけど、男子校の人なら気が合うかなって思って……」
同じ境遇を抱えた彼女たちは勇気を振り絞り、自らの手で異性との出会いを掴もうとしていた。
何と健気な女の子か。この出会いはまさに奇跡だと思った。
僕はクラスではクールキャラ(根暗)で通っていたので、ここでも動揺を見せないよう二つ返事で申し出を承諾し、声を掛けてきたマユミちゃんと連絡先を交換した。

その日からしばらくの間、マユミちゃんとメールでやり取りをして、合コンの詳細を詰めていった。日時は2週間後の日曜正午、人数は4対4。
僕の浮かれようはすさまじく、マユミちゃんから来たメールすべてに保護を掛けていて、目を閉じれば億千の星とともに濃紺のセーラー服が浮かんでくるほどだった。

合コンを成功に導くため、メンバー選出には余念がなかった。
1人目は一緒にいたシュウヘイ。シュウヘイは小柄でベビーフェイスないじられキャラ。オシャレにも敏感な男で、コムサで買った3mのマフラーがお気に入りだ。
2人目は明るく真面目なフユキ。いつも輪の中心にいる彼は、合コンでも盛り上げ役になってくれるだろう。
3人目はクール(文字通り)で高身長のイケメン、コウイチ。メンバーの中で唯一女の子と付き合ったことがあり、その経験から司令塔の役割を期待した。

合コンを目前に控えたある日、コウイチとこんなやり取りがあった。
「そういえば、女の子たちってどんな感じなん?写真とかないん?」
写真はなかったが、メールでマユミちゃんが、可愛い子を揃えていくね!と言っていたので
「写真はないけど、声掛けてきた2人は可愛い感じやったで」
と返した。
「ふーん、可愛い感じねぇ…… ちょっと気になるけど、まあええか……」
コウイチは少しひっかかっているようだったが、この時も浮かれた僕の頭には、可愛い濃紺のセーラー服が浮かんでいた。
緊張でマユミちゃんたちの顔をろくに見ていなかった僕の頭には、可愛い濃紺のセーラー服しか浮かんでいなかった。

ついに合コン当日を迎えた。タンスの中のお母さんに買ってもらった服からお気に入りの1枚を選んで電車に乗り、待ち合わせ場所へと向かった。約束の正午までまだ15分はあったが、すでにシュウヘイとフユキが来ていた。どんな女の子が来るかな、どんな話をしようかな、と浮足立つ僕たちから15分遅れて、時間通りにコウイチがやってきた。
「あれ、女の子たちまだなん?連絡してみた?」
「電車遅れてんのかな、メールしてみるわ」
メールを送ってから15分後に「駅に着いたよ~」とメールが返ってきた。
改札の方に目をやると、4人の女の子たちが横並びで歩いてくるのが見えた。姦しい声とともにやってきたマユミちゃんが僕と向かい合った。
「お待たせ~ じゃあ、行こっか」
濃紺のセーラー服を脱いでベージュのニットに着替えたマユミちゃんは、パグに似ていた。
「だから写真もらっとけって言ったんだよ……」
そう小声で呟いたコウイチが、僕の脇腹を小突いた。

最初に行く場所は徒歩1分のサイゼリヤに決めていた。後ろからコウイチたちの刺すような視線を感じて、人生で1番長い1分だった。
サイゼリヤに到着して8人掛けのテーブルに向かい合い、とりあえず人数分のドリンクバーを注文した。
女の子たちは時々こちらをチラチラ見ながら、自分たちだけで会話を続けている。
幹事として最低限の責務を果たすべく、自己紹介タイムへと場を進めた。
僕たちの自己紹介が終わり、女の子たちの番。
「マユミです!今日はすっごく楽しみにしてました!」
僕もすごく楽しみにしていたよ。心の中でそう呟いた。
「アリサです。緊張してます……」
駅前でマユミちゃんと一緒にいたのがアリサちゃんだった。アリサちゃんは小柄で声も小さく、気弱そうな感じの女の子だ。
「クロです」
名前は忘れてしまったので、クロちゃんとした。痩せぎすで、全身真っ黒のゴスロリ衣装が特徴的だった。
「シロです」
名前は忘れてしまったので、シロちゃんとした。クロちゃんとは対照的に大柄な女の子で、白のニットに白のロングスカートを着ていた。

自己紹介を経てやや場が温まり、男女間の会話もポツポツと生まれ始めた。
「そういえば、マユミちゃんとアリサちゃんがシュウヘイとイツキに声掛けたんだよね?もしかして、どっちかをかっこいいと思ったりしたん?」
フユキが切り出した。もはやマユミちゃんへの恋慕は完全に消え去っていたが、気にはなっていた。
「それなんだけど~、ふふっ」
マユミちゃんとアリサちゃんがにやにやと笑っている。
「実は〜声掛ける相手間違えちゃって~ほんとはS高の人に声掛けたかったんだけど、なんか相手にしてもらえなくて~男子校ってとこは同じだし、M高の人でもいいかなって〜」
S高校は僕たちが通うM高の近くにある県内有数の男子進学校で、僕たちの高校よりも10は偏差値が高かった。僕の偏差値があと10高ければ、こんなことにはならなかったのだろうか。奇跡は存在しなかった。

再び両者の溝が深まったが、せっかく昼時の飲食店に来たのだから何か食べようかとコウイチがメニューを開いた。女の子たちにも気を遣って何か食べるかと尋ねていたが、適当に選んでいいよと返されていた。
4枚のピザとスナックメニューが運ばれてきた。
みんなで食べようと、コウイチがピザを切り分けようとした時だった。
「あっ、私たちお昼食べてきたんだよね。だからピザは男の子たちで食べて!」
クロちゃんが言い放った。
「おいお~い、なんでやねん!…………なんでやねん」
コウイチ渾身ツッコミと同時に、司令塔が折れる音がした。

僕たちはもはや目の前の食事を完食することだけに全神経を注いでいた。
このピザとポテトの山を食べ終えれば家に帰ることができるのだ。
早食い競争を終え、会計を済ませ、サイゼリヤを出た。
「じゃ、今日はこの辺で解散にしよっか、お疲れさ「あっ、見てフユキ君!このビル、カラオケがあるよ!!行こうよ!!」
はしゃぐマユミちゃん。マユミちゃんを喜ばせるために僕が選んだ動線は完璧だった。
「8名様ですね、お時間はどうされますか?」
「30分「2時間で!!!!!」
第2ラウンドが始まった。

「みんな休みの日って何してるの~?」
もはや場を回す気がない僕たちに代わって、マユミちゃんが場を仕切っていた。
「最近ギターを買ったからギター弾いたりとかかな……」
「フユキくん、ギター弾けるの!?すご~い!!もしかして歌も上手かったりする?」
にわかにシロちゃんのテンションが上がった。
「フユキはかなり歌うまいよなあ。シロちゃんは好きなアーティストとかいるの?」かろうじて気力を保っていたシュウヘイが話をつないだ。
「EXILEがすごい好きなの!フユキくん歌える?」
「EXILEか!歌えるで!Carry Onでいい?」
家の壁にポスターを貼るほどEXILEが好きなフユキの目に活力が戻り、デンモクで曲をいれた。

「キャリオーン~いつか~変わってしまったとしても~」
それまでの雰囲気が一転、男子側も盛り上がりを見せていた。
根暗な僕も今日ばかりはタンバリンを叩いた。
「自分だと〜強く胸に〜言い聞かせていこう~」
「キャリオーン~ プス… 遠く〜果てしなく …ウーエ… 続く空〜」
フユキの美声に別の歌声が混じった。
聞き覚えのあるメロディがした方向へと目をやった。

「アルペン踊りを さあ踊りましょ ヘイ!!!」

フユキの対角線上で鬼の形相をしたクロちゃんとシロちゃんがアルプス一万尺をしていた。
「えっと……何してるのかな……?」
一時停止を押したフユキが幽霊でも見たような顔で尋ねた。歌のリクエストをした本人が歌を聞かずにアルプス一万尺をしている。もはや幽霊よりも怖かった。
「いまめっちゃクラスで流行っててね~ どんどん速くしていくんだけど、クロとシロはクラスで一番速いんだよ!すごくない?!」
どうやらその話は確からしく、マユミの解説中も止まることなく加速し続けたアルプスの高さは18,000mに到達しようとしていた。
「そうなんだ……すごいね……」
切り忘れたマイクがフユキの乾いた笑いを拾った。

「カラオケ楽しかったね~」「フユキくんほんと歌うまいよね~」
永遠にも思えた2時間が終わり、上機嫌の女の子たちとともに駅へと歩き始める。
「じゃ、今日はこの辺で解散にしよっか、お疲れさ「あっ、見てフユキ君!あそこ、ゲーセンがあるよ!!プリクラ取ろうよ!!」
はしゃぐマユミちゃん。マユミちゃんを喜ばせるために僕が選んだ動線は完璧だった。
第3ラウンドが始まった。

「どうしよ~ 4-4に分かれて撮る?」「私フユキ君と撮りたい!」「私はコウイチ君がいい!」「シュウヘイ君、一緒に撮ってくれない…?」
どうやら女の子たちはそれぞれお気に入りをみつけたようで、撮りたい相手に声を掛けていた。
イツキの名が出ていないが、カラオケで趣味を聞かれたときに「遊戯王」と答えて以降、女の子たちが僕に話しかけることはなかった。
マユミ・アリサ・フユキ・シュウヘイ、クロ・シロ・コウイチ・イツキに分かれてプリクラを撮った。合コンが終わってから見返してみると、僕たちは全員が全員、ポーズも取らず直立不動の真顔だった。

「じゃ、今日はこの辺で解散にしよっか、お疲れさま!」
「お疲れさま!めっちゃ楽しかった~ またね!」
ゲーセンから駅までの帰り道、何とかサーティワンアイスクリームがマユミちゃんに目に入らないように歩きながら、ようやく駅にたどり着くことができた。
本当に長い1日だった。
女の子たちが改札を通って、完全に姿が消えた後、誰かが「よっしゃ!」と叫んだ。その叫びと同時に僕たちは、今日のストレスを発散させるため、再びゲーセンへと向かって走り出した。

本当にろくでもない合コンだったが、ゲーセンでドラムの音ゲーをプレイしたコウイチがドラムの面白さにハマり、ギターボーカルのフユキをフロントマンに据えたバンドが結成されたこともあり、僕たちの結束を強めたという意味では、合コンは成功だったのかもしれない。


エピローグ

合コンの1ヶ月後、シュウヘイがアリサちゃんと付き合っていることが発覚した。
他の3人の印象が強すぎて目立たなかったが、アリサちゃんは唯一まともな女の子だった。
しかし、この合コンの話を後から知ったクラスメイトがシュウヘイを妬み「アリサの正体はモスラの成虫で毎晩校舎の屋上で卵を産んでいて、シュウヘイがコムサのマフラーで暖めて孵化させている」という本当に意味不明な噂を流したことで、合コン以降シュウヘイとは疎遠になってしまった。
やはりこの合コンは失敗だった。

おしまい

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