ラッキーな一日
やっと、梅雨が明けたらしい。
今朝起きると、空気が違う。
雲が違う。
風の爽やかさが違う。
夏が来た!
海に行きたい。
普段は、行きあたりばったりな行動だが、
今日は珍しく、準備をした。
海に行ったら、もしかしたらちょこっと入りたくなるかもしれない。
だったら、ビーチサンダルを持って行こう。
いや待てよ、ちょこっと入ったら、泳ぎたくなるかもしれない。
海パンも持って行こう。
夢中で泳いでいたら、日に焼けて大変なことになるかもしれない。
ラッシュガードも持って行こう。
海から上がった後、近くにシャワーがあれば良いが、無いかもしれない。
簡易シャワーを持って行こう。
なんじゃかんじゃ言いながら、
結局、ほぼ完ぺきフル装備。
これで、どこの海に行ってもOK!
思い付きで、ここまで準備するのは珍しい。
車で、家を飛び出す。
今日は絶対、海に行くんだ!
我が家からだと、南に行っても、北に行っても海がある。
南の方は1時間。北の方は2時間半。
ただし、北の方が綺麗だ。
そして、南は市街地に近い分、混む。
どちらにしようか?
しばらく迷った。
迷った挙句、北に行くことにした。
こんな良い天気、渋滞はまっぴらだし、混み混みの海水浴場も嫌だ。
駐車場待ちもあるかもしれない。
だから、空いていて、故郷に近い分勝手も解っている北に向かった。
ところが、高速道路に乗って、走り出してしばらくすると、
車が、何かおかしい。
エンジンがいつもと違う気がする。
恐らく、普通の人が乗っていても違いに気づかないだろう。
でも、20年来の付き合いの車。
機械からの微かな訴えが、私には解る。
この調子だと、まだ大丈夫だろうけど。。
でも、もし万が一出先で何かあったら。。
家から、市街地から近い方が良いだろう。
よし、目的地変更。
Uターンして、南の海に向かう。
情報によれば、幸いまだ渋滞は発生していない。
ラッキー!
でも。
「変だな?」
と、思った。
いつもなら、週末のこの時間帯、既に渋滞が発生する。
しかも気温が高いとはいえ、絶好の行楽日和。
とっくに混んでもいいころだが。
南に進路を切ってから10分ほどして、
渋滞は突然発生した。
それも、いつもより格段に酷いやつだ。
さっきまで、渋滞情報はゼロだったのに。
高速道路上で身動きがとれなくなった。
出口も、退避しようとする車でいっぱいだ。
もう、流れに身を任せるしかない。
じわじわ。。じわじわ。。
歩くような速度で走る車。。
大分経ってから、電光掲示板があった。
事故渋滞だ。
ああ、なんてバカ。
北に向かっておけば良かった。
いや、むしろ最初から南に向かっておけば良かったのかも。
あの時点ではまだ渋滞がなかったのだ。
早く決断しておけば、1時間で南の海。
今頃は真夏の太陽の下で、楽しく過ごせていたものを。。
優柔不断。
迷っているうちに、最悪の結果になった。
さらに1時間。
やっと、事故現場が見えてきた。
トンネル内での追突事故だ。
タクシーが乗用車に追突して、乗用車の後ろがペシャンコになっている。
全く、プロドライバーが何しているんだか。。
お陰で、すっかり遅れてしまった。
この調子だと、もう目的地周辺も一杯で混み混みだろう。
海も、駐車場も。
やっとのことで、高速のインターチェンジを降りる。
もう、お昼になってしまった。
当然お昼ご飯を食べるところは、どこも一杯。
仕方ない。
このまま真っすぐ、目的の海へ向かおう。
途中で、運よく入れるお店があったら、入ろう。。
でも、喰いっぱぐれるかもしれないな。。
唐突に、目の前をヘリコプターが横切った。
何度も通ったことのある道だが、今までヘリコプターなんて見たことがない。
しかも、高度が低い!
え? これってもしかして♪
遊覧飛行!?
思った通り、ヘリコプターは道路のすぐ脇の、施設に着陸した。
ほぼ反射的に、施設の入り口に向かってハンドルを切る。
私は、前述のとおり、バカである。
バカと煙は高いところが大好きである。
高いところに登れる仕掛けがあると、必ず試したくなる。
タワーしかり。
高層ビルしかり。
そしてもちろん、空を飛ぶ乗り物!
中でも、ヘリコプターは一番好きである。
だから、旅先でヘリコプターに運よく乗れる機会があれば、たとえ一か月分の食費を削ってでも、乗ることにしている。
それほど、好きなのだ。
思った通り、期間限定(多分、この週末だけだろう)の遊覧飛行の受付があった。
迷うことなく、申し込もうとすると、
「申し訳ございません。午前中連続で飛んでおりましたので、今パイロットが1時間休憩中です。お待ちいただけないでしょうか?」
あらー。。
タイミング悪いな。
まあ仕方が無い。
1時間後の予約を取り、
じゃあ、その間にこちらも昼食をとるか。。
と、思ったものの、まだできたばかりの施設で、食べられるお店がひとつしか無い。
周りには、何もない。
そして当然のことながら、施設利用者全員がこのお店に集中して長蛇の列。
かと言って、他に時間をつぶせる場所も無い。
並ぶしか、無い。
外で並んでいると、頭上に爆音。
あれ? パイロット休憩中じゃなかったっけ?
まだ30分も経ってないよね?
タチの悪い客でも来て、
「なに? パイロットが飯食っとるやと? 客が来とるねん。飛ばさんかい!」
とか、言われたのかなぁ?
私も、それぐらい強く言えば良かったのかなぁ?
でも、私はこういう時、強く言うのがあまり得意ではない。
どうしても相手の立場になって考えてしまう。
それで今まで、何度損をしたことか。。
1時間で食べられるか心配だったが、待ちくたびれてキャンセルする人も続出し、何とかお昼にありつけた。
うどんを喉に流し込み、何とか予約の時間に間に合う。
息せききって、再度ヘリコプターの受付に行くと。。
「申し訳ございません。(ヘリコプターの)エンジンの温度が上がり過ぎて、今冷却中でございます。30分お待ち頂きたく。」
えー!?
急いで、うどん喉に流し込んだのに!
強引な客の言うこと聞いて無理に飛ばすからや!(←勝手にストーリーを作っている)
さらに30分。
計1時間半待たされて、再再度受付に。
「お待たせしました」
やっと、飛べる♪
インカムを通して、パイロットの声が。
「荷物は、足元に置いてください。」
「ここに触るとドアが開いてしまいますから、絶対に触らないでくださいね。」
「操縦桿も。(触らへんわい!)」
空港でも何でもない、ただの空き地なので、
もう一人のスタッフが外で合図をしている。
なんか、映画で見る空母の甲板員みたいで、かっこいい。
「それでは、離陸します。」
言うが早いが、機体がフワっと浮く。
これ!
これが、良いのよ!
飛行機とは全く別物の浮遊感。
とろとろ、のろのろ、誘導路を走ることも無い。
滑走路で勢い付けて助走することも無い。
どこにでもある空き地から、いきなりフワッ。
この感覚がたまらない!
浮くと同時に、地上5mぐらいの絶妙の高さを、すーっと滑るように前進。
フェンスもテトラポッドも関係ない。
地上の構造物を無視した前進。
これがまた、たまらない♪
原理が解っていても、本当に不思議な乗り物である。
さっき、ここへ来るために通ってきた長さ4キロ、主塔の高さ300mの橋。
丁度、主塔のてっぺんと同じ高さを飛ぶ。
今まで、見たことの無い視点だ。
「今、時速160キロぐらいですよ。」
車で渡ると、そこそこ時間がかかる大橋を、あっという間に渡り切る。
向こう岸ギリギリでUターン。
機体が大きく傾くので、広い窓から下が丸見えだ。
海峡を行き交う船を真上から見る。
楽しい。
楽しすぎる!
着陸地点は、さっきの空き地。
上空から見ると、切手1枚ぐらいにしか見えない空き地に、斜めに、正確に降りていく。
地上ギリギリ、目線はもうワゴン車の運転席ぐらいの高さ。
ヘリコプターの脚は、地上から1mも離れていないだろうが、
ここから地上に降ろすまでの最後の操縦が最も難しい。
(実は昔、訳あって少しやらせてもらったことがあるのだが、まるで球の上に片足のつま先で立つような感覚だった。)
機体は、空中でピタリと止まったまま、ゆっくりと降下、やがて静かに着地した。
でも、操縦桿を握るパイロットの手は、この間も信じられない速さで前後左右に複雑に動いていたのだ。素人から見れば神業だ。
最高のフライトだった!
まさか、今日、こんなところでヘリコプターに乗れるなんて思っていなかった!
ラッキー!
ヘリコプターで待たされた分、もう海に行く時間は無くなったが、そんなことはどうでもよかった。
素直に車を逆向けに走らせ、帰途につく。
家に帰る直前、どうしても気になって、ダメ元で近くのディーラーに車を持っていってみた。
予約もしていないし、ただでさえ混み合う休日。しかも閉店時間ギリギリだったので門前払いをくらうかと思いきや、親切なメカニックが快く見てくれた。
1時間、待つ。
やはり、おかしかった。
エンジンの異常だった。
このまま走り続けていたら、エンジン本体だけじゃなく、他の部分にも悪影響を及ぼすところだった。
ラッキーだった。
今朝、もし最初から南の海に行くと決めて向かっていたら?
ちょうど追突事故に巻き込まれていたかもしれない。
もし、そのまま北の海に向かっていたら?
長距離を走ることになるので、行った先で車が本格的に故障し帰れなくなっていたかもしれない。明日は、絶対抜けられない用事があるのに。
それに、ヘリコプターに乗れることも無かっただろう。
もし、ヘリコプターで待たされず、すぐに乗れていたら?
時間に余裕ができて、そのまま予定通り南の海水浴場まで行っていたかもしれない。そして、距離が延びた分、車が故障して帰れなくなっていたかもしれない。
珍しく完璧に準備した海セットを使うことは無かったけれど、
最高にラッキーな一日だったのだ。
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