視聴者投稿実話怪談『大水害の話』

これは、私の怪談を扱う配信に、視聴者の方より投稿されたお話です。





何年か前にどこかのスレに投下した話。
知り合いのお婆さんが、昔ある男性から聞いたという話です。

その男性は当時30代後半ぐらいで、私が生まれるよりずっと前にこの町に住んでました。
男には妻がいましたが、娘を産む際に命を落としてしまったそうです。

妻の葬儀の後、お坊さんが彼にこっそり何か話しかけてきたかと思うと、
「奥さん亡くした後に言うのもなんだが…」と前置きした後、とんでもないことを言いました。
「貴方の奥さんが亡くなったのは娘さんのせいだ。娘さんは、言いにくいが、非常にまずいものをもって生まれてきた。
言うなれば娘さんは地獄を背負って生まれてきたようなものだ。誰が悪いわけでもない、原因もわからないが、端から娘さんは厄そのものとしてこの世に存在している。きっと娘さん自身、今後の人生で友情にも愛にも恵まれず、死後成仏することもない。
それだけでなく、娘さんの親族……つまり貴方や、貴方の親族だが、他の人よりは長生きできんし、子孫までそれは残るよ。そして皆、死後の成仏もできんだろう」
男はお坊さんの不謹慎な言葉に怒ることもなく、息を呑んですべてを聞き入れました。
そしてお坊さんは頭を下げながら最後に言いました。
「こんな時にこんな話を本当に申し訳ない。ただ知っておいてほしかった。覚悟しておいてほしかった。もう、私にはどうすることも出来んので」

それから年月か経ち、娘が3歳になりました。男は娘を小さな託児所に預け、時には土日も仕事に勤しむような日々を送っていました。
娘は言葉もなかなか覚えず表情も乏しく、託児所でも一人ぼっちになっていたそうです。
男は娘の様子に、お坊さんの言葉を思い出していました。霊感もないものの、娘に言い知れぬ違和感と妙な空気を感じ取っていたのです。後にして思えばそれは「負」つまり「マイナス」という言葉がしっくりきたそう。

ある日、町をある出来事が襲いました。
後に映画化もされた、有名な大水害です。
それは男が託児所に娘を預けたまま職場にいる時に起きました。
当時の人々は自然災害にはまだ危機意識が低かったようで、知識も一般的でなく、多くの人が事を甘く見ていました。
男も託児所を信じきっていたそうです。

男がそもそも自分自身が職場から出られないと気付いたのは、職場の建物が停電し、誰かが外の様子を伺いに玄関に向かってからでした。
呼ぶ声に皆で玄関に駆けつけると、玄関がまるで浴槽のように泥水を波打たせていたそうです。
窓を雨戸で塞いでいたせいで、誰も外の様子なんて見てなかったのです。

しかしそれでも、まだこの水没が他所と比べてマシだとは、彼らは知る由もありませんでした。
男が後に知る、自分の家や託児所のある南西地区は、こんな生易しい状況ではなかったのです。

汚い湖だけが残された町の中。男は湖に足止めされ帰れない中でも、南西地区での被害もここと同じぐらいかと思っており、娘のことは心配しつつも、人の命が失われているほどだとは思ってもいなかったのです。それも何千人も。

ようやく帰途についた男は落胆しました。
家がない。託児所がない。知っている人の多くが亡くなり、何より娘も託児所の職員も、行方不明になっていました。
と、後悔する男に、名前を呼びながら話しかけてくる知り合いがいました。
「お前の娘の居場所がわかったぞ!」

知り合いは泥まみれの“町だった場所”を先導し、男をどんどん引き連れて行きます。
男は夢中でその背中を追い、こっちだこっちだと曲がっていくのに従います。
かなりの距離を歩き、来たこともないような地区へと辿り着きました。
まだ大した被害を受けておらず、水没の痕跡すらない地区でした。

2人は役場のような建物の前に着きました。知り合い曰く、ここも託児所をやっているとのこと。
建物に入った男は、職員らしきおばさんに「娘がここにいると聞いて来た」と告げ、娘の特徴を述べました。
「はいはい! 奥で遊んでますよ! すみません、私たちもバタバタしてて構ってやれずに……」
「いえ、一人で遊ぶのが好きな奴でして、預かってくださっただけで……」
「なら良かった。あ、こちらの部屋です」
おばさんが扉を開けると、広い座敷が広がっていました。畳の上には散らかったおもちゃ。
しかし、娘はいません。

外には出ていないはずなのにと、大慌てでおばさんは建物内を探しに行きました。
男がわけもわからず、娘がいたという場所へ近づくと、おもちゃに囲まれて、何とも言えないものがありました。

なんと呼べばいいのかわからないもの。今までの人生で知らないもの。
しいて言えば、花瓶・壺・水差し・器……そういった類のものがひとつ、あったそうです。

ただその時、男はその物体を見ながら無性に悲しくなり、無意識に涙が溢れていました。そして同時にどこからともなく、男とも女とも知れない声が聞こえてきました。

「それがお前の娘だよ。娘の、成仏魂だよ。泣かないで良い方向に考えなさい。成仏したんだ。するはずはなかったのに、したんだよ。この好機を逃し、もし別の形で死んでいれば、成仏していなかった。お前の娘はこの上ない好機に恵まれたと言える。おめでとうと言ってあげなさい」
「……おめでとう」

その瞬間、聞いたこともない童歌のような声が聞こえた気がしました。歌に娘の名前が何回か出てきた気がしたそうです。
ふと我に返ると、歌は止み、不思議な物体は消えていました。

やがて職員のおばさんが戻ってきて、あたふたしていたので、男は「もういいんです」と言いました。そしてその瞬間気づきました。
「連れがいたのですが、しりませんか?」
おばさんは気味悪そうに男を見ながら、あなた1人でしたよ?と言います。

ここまで案内してくれた知り合い……。
男は、その人に関する記憶が曖昧なことに気づきます。その知り合いが誰だったのか、まったく思い出せないのです。
名前が思い出せないのではありません。
誰が案内してくれたのか、顔も髪型も背格好も思い出せません。
そして、どうして知り合いだと思ったのかも……。

おわり


ペンネーム:ハウスウォーカー
2023/12/16配信 https://youtube.com/live/tIhYU31uYgY?feature=share
恐怖のご提供フォーム https://forms.gle/moSxg7vgMFYqx7r37
※ご投稿内容に改行や誤字脱字修正等の加筆をしていることがあります。

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