訳も分からず暗い気分を肯定した小指とか。

 決まった散歩コースがいくつかあって、台本が書けない時や、台本が思い付かない時や、台本のト書き1つすら思い浮かばない時に、気分でコースを選んで散歩に行く。今は冬。両手をポケットに入れて、衿を立てて。森田童子の歌みたいに。「故郷をすてた ぼくが上着の 衿を立てて歩いている」

 そうそう、先日YouTubeをダラダラと観ていたら森田童子『たとえばぼくが死んだら』に矢崎仁司監督『風たちの午後』の映像を合わせた動画を発見した。私は長い間ぼんやりと矢崎仁司監督『風たちの午後』を機会があったら観てみたいと思っていたので、ひょんな事からこうして本篇の映像に触れる事が出来て嬉しい限りである。

  矢崎仁司監督と言えば『ストロベリーショートケイクス』が印象深い。遠い昔の夏に、先輩と一緒にクーラーも無い広い部屋で、冷ややっこを食べながら観た。観終わってなんだか無性に外に行きたくなった。先輩も一緒の思いだったみたいで、「パチンコ行こうよ」って言われた。私はパチンコをやらないので、先輩がやっているのを見ていた。それで大当たりして、焼き肉を奢って貰った。

 『ストロベリーショートケイクス』の原作は魚喃キリコという漫画家の同名作品。魚喃キリコの作品は大体、全部持ってるし、何なら古本屋で見かけると持ってるのについつい買っちゃうみたいな事も数年前の一時期ブームみたいになってた。私の中で。それを私はお茶目のカテゴリーに入れてた。でもどうやら違くて世間からみたら浪費なんだって気が付いた。あんまり気が付きたくなかった。世間は気が付きたくない事を気が付かせてくれる。お節介。

 酒がめちゃくちゃ入ってる時、もしくは、今日はなんかいい気分で、その気分が声の大きなシンガロングじゃなくて、小さな声でも十分その気分がもっと豊かになるって思った夜とかに、好きな漫画家なんですかって聞かれる確率ってめちゃくちゃ少ないんだけど、そう聞かれたら「魚喃キリコ」って答える様にしてる。

 若い人、排気口noteを読んでる人が若いのか若くないのか、あんまり分からないけど、若い人。特にすっごく若い人。18歳から22歳までの特別な時間の中にいる人。もし魚喃キリコを読んだことがないなら、すぐに読んだ方が良い。Amazonでも近所の本屋さんでも。電子書籍でも。魚喃キリコは特別な時間にしか伝わらない魔法みたいな漫画ばかり描くから。

 私はもうすっかり解けちゃって、少ない作品を除いて読み返すこともなくなった。それでも古本屋で見つけたら買ってた。さっきも書いたけど。だからそれぐらい私にとっては特別な漫画家でもあった。

 色んな事を感じると思うし、合わない人もいる。でもすごく心に響く人も、うげえーな人も魚喃キリコが描く生活を彩る想いは魔法みたいに読む人の、読む人自身が自覚してないすごく特別な時間の全てを肯定してくれる。読み終わって誰かと真夜中にお酒が呑みたくなったら、明日早くても誘った方がいい。行った方がいい。すごく酔って、その時にしか出来ない恥ずかしい話をしたほうがいい。

 切れた電球をとりかえないまま、抱きしめ合う恋人たち。それが出来るのは貴方たちであって私じゃない。それが出来ないのは私であって貴方たちじゃない。切れた電球をとりかえて、そこに落ちる生活の染みに何かを見出そうと躍起になるのが老いだとしたら、今、この瞬間も私は老いている。

 このMVの漫画、魚喃キリコかと思ったよ。違ったよ。魚喃キリコの1番好きな所は登場人物が時々黒目だけになる所。すごくドキッとする。

 全ての若さの穏やかさを祈って。

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