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ピエロは真夜中に笑う

「いつから君はここにいるんだい?」

赤い丸い鼻と左目には大きな黄色い星が塗られているピエロが、私に問いかけてくる

「いつからだろう?ここはどこなんだろう」

「これはこれは、そんなこともわからないのかい」

あたりを見回すと、どうやら十字路の交差点のど真ん中にたっているようだった。夜なのか辺りは真っ暗で静まりかえっている。信号機は黄色の点滅を繰り返していた。

「ほら、思い出して。君がここで事故にあったのはいつだった?」

「事故?私がいつ事故あったというんだい、五体満足で特にケガもしていないじゃないか」

ピエロが短くため息をついて、青色のだぼだぼのズボンからお手玉を3つほど取り出してジャグリングをし始めた。

赤、青、黄色のお手玉がくるくると空中を飛び回る。ピエロの顔は笑っているようにみえるのに、なぜか悲しそうにみえる。

「君はここで死んだんだ。直進を走っていた君の車に右折をしてきた車とぶつかったんだ。車は大破さ、相当なスピードが出ていたみたいだ」

「嘘だ!そんな記憶もないし、ここには車もないじゃないか!だいたいお前は何なんだ、そんなふざけた格好にお手玉をして気持ち悪い」

自分でも驚くほどに、次から次へと口から厳しい言葉が出てくる。まるで、今の現状を脳が拒絶して、一刻も早くこの場から去れと誰かに命令されているような焦燥感にかられる。

目線を上に上げると、ピエロのジャグリングしているお手玉は5個以上に増えており、色とりどりのお手玉が空中をリズムよく舞っている。

ふいにピエロと目が合う、ピエロの化粧は陽気な雰囲気をかもし出しているのに顔は決して笑っていなかった。

急にキーンと耳鳴りがしたかと思うと、ピエロがお手玉をすべて地面に落とした。いや、わざと落としたのだ。

「なぜ、君が事故にあったことを記憶していないのか。これは簡単で、居眠り運転をしていたのさ。そのとき事故で即死だったから覚えていなし、いつまでもこんなところに突っ立ってるのさ」

背中に嫌な汗が流れる、気が付けば着ているワイシャツには血が滲んでいる。ピエロの落としたお手玉から事故の様子が投影され、私が乗っていた車が大破していく過程が流れていく。

「あぁ、私は死んだのか。それなら、なぜ今さら私のところに来たんだ。ピエロさん、ほっといてくれてもよかったんじゃないのか」

「君が亡くなって49日だ。あの世にいく準備も出来てないようだったから一応教えにきたんだよ。死神のお仕事としてね」

「最近の死神は、ピエロの格好をしているのか。あの世もずいぶん変わっているんだな」

力なく笑う私をみて、ピエロはクツクツと笑って、「骨で鎌を持っていれば誰だって怖いだろ?少しは陽気になってもらいたくてね、明るくなれたかい?」

明るくなれるわけがないが、ピエロの目じりに涙マークの化粧が新たに追加されたのをみて、何がわからないがどうでもよくなってきた。

「ピエロの死神さん、どうせ死んだんだもうこの世にいる時間がないのなら、早くあの世に連れて行ってくれないか?」

私の言葉に一瞬呆けた顔をしたが、ニヤッと笑ったかと思うと、恭しくお辞儀をしてみせた。

「それでは、一名様あの世にご案内いたします。今宵はわたくし道化が最初の道案内を行います。是非ともショーを最後までお楽しみくださいませ」

ピエロの後ろの背景が劇場のカーテンが開くように分かれていく。中は光がに満ちていて見通すことができない。ただ、悪い気分ではなかった。

ピエロが私に右手を差し出してきたので、その手を取り光の中に歩いていく。

「最後に、私と事故にあった相手は無事だったのかな?もしかして、相手も亡くなってしまったのなら、あの世で謝りたいと思ってね」

すると、またピエロはクツクツと笑い、「君と事故にあった相手は飲酒運転だったのさ。おかげであなたの居眠り運転はばれてないし、家族には保険金と慰謝料で家を引っ越したよ。49日も過ぎないうちにね」

相手が生きていることを知れたが、これはなんとも複雑な気持ちにさせてくれるじゃないか、こんな終わり方が最後ならもう一度人間に生まれ変わりたい。

もうピエロの姿は見えない、光が全身を包んでいる。手のひらを広げてみると、炭酸水の泡のように昇華され消えていく。

「私は天国と地獄のどちらに行くのかな?」最後の最後に不安で聞けなかった質問を光に投げかけてみる。

「おいおい、ピエロは道化さ、道化のいうことを信じる人間がどこにいる?君はいきたいところ思い浮かべればいいのさ」

姿は見えないが、律儀に応えてくれる分悪い奴ではなかったのかもしれない。そんなことを一考しているうちに意識は水に流れていく絵具のように薄まっていき消えていった。

                                                                                  つづく

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