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娘の淹れたコーヒー

 食べ物にこだわりはありますでしょうか?

 ショートケーキのイチゴは最後に食べる?

 目玉焼きにはソースをかける?

 きのこ派とたけのこ派、うすしお派とコンソメ派

 さまざま食の好みはありますが、うちのオトンは一風変わったこだわりを持った人でした。

 好き嫌いも多い人でしたが、細かいのがコーヒーです。

 私が結婚する直前に、コーヒーメーカーを要らないかと実家から電話がありました。

 なんでも、ずっと使っていたものが壊れたために、新しいのを買ったものの、淹れ方が違って味が変わったから父が嫌がるというのです。

 ほとんど新品のそれを、私はありがたくいただき、今では毎日活躍している我が家のエースなのですが、それほどにコーヒーについては味にこだわりがある人でした。

 豆は炭焼き、などというこだわりはかわいいものです。

 特徴的なのは、そのミルクと砂糖の入れ方でした。

 それはそうと、まだ私が幼稚園児だった頃、アニメか何かで、お父さんにコーヒーを持って行ってあげた娘を褒めている、という場面がありました。

 私は、「そうすれば褒めてもらえる!」と学習するわけです。

 とにかく厳しく育てられた私は、家でほめられた経験がほぼないもので、何か褒めてもらえるかもしれない、と思えばやってみよう!となるのは必然の環境でした。

 おりしも、うちの好き嫌いが多い父は大のコーヒー好き。
 一日に何杯もコーヒーであれば好んで飲みます。

 自分で淹れればいいのに、大好きなお母さん(自分のヨメ)に淹れてもらった方がおいしいから、という理由で、いつも忙しい母にコーヒーを淹れてほしいと頼むという人でもありました。
(使うコーヒーメーカーは同じです)

 だったら、大好きな娘に淹れてもらったらおいしいはず! 

 まだそんな愛情を信じて疑わなかった私は、母に聞きながらコーヒーをセットし、スイッチを押しました。
(ご存じの通り、そこまで難しい作業ではないので、幼稚園児にも可能なお手伝いです)

 さてはて、コーヒーが入り終わり。

 いつものカップとソーサーを出して、スプーンを出します。
 
 お砂糖はこのくらい、と教わった通りに入れて、スプーンでまぜまぜ。

 最後にミルクを入れて、まぜまぜ。

 嬉し恥ずかし、初めてのコーヒーのできあがりです!

「おお! 娘が淹れてくれたんか! そりゃあ、今までで一番おいしいだろうなあ!」

 そんな反応を期待しながら、「コーヒーできたよ!」と持って行った娘の私。

 新聞からめんどくさそうに顔をあげて、「んー」としか言わない父。

 気付いてもらえるまで待とうと、テーブルにコーヒーを置いて、反応を待つ娘の私。

 ようやく新聞にキリをつけ、コーヒーを手に取った父。

「なんじゃ、これは! お母さんが淹れたんじゃないんか!」

 聞こえてきたのは、怒った声でした。

 曰く、ミルクは飲む直前に入れて、混ぜずに飲むのがいいそうです。

 そうすれば、ミルクの混ざり具合がマーブルになり、飲むときに一口ずつ、コーヒーが多い部分やミルクが多い部分など、違う味わいを楽しむのがいいのだとか。

「余計なことをするな!」

 父はそう言って、不機嫌そうにコーヒーをすすりました。

 最後にミルクを混ぜた私は、「おいしくなあれ」と心の中で唱えたのですが、混ぜた時点で父にとってそのコーヒーは不味いものになってしまったのでしょう。

 私のしたことは、余計なことだったのでしょうか。

 父親に喜んでもらいたいと思った幼心は、どうすればよいのでしょうか。

 ひどいことをされたのは分かりますが、未だに整理がつきません。

 その時も、母は「余計な事するからよ」と私を非難するだけでした。

 喜んでもらおうと言う私の下心が醜いように感じられ、私はもう何もする気にはなれなくなりました。

 正解はなんだったのでしょう。

 模範的な回答を理解した今でも、あの時の正解がなんだったのか、分からないままなのでした。


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