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05,子犬と子どもをかわいいと言わない冒険/subculture

子犬と子どもをかわいいと言わない冒険/subculture


四肢を切断された象を見たことがあると言っているのは世界で一番かわいい俗物で
その俗物よりもかわいいものを知らない僕にとっては子犬も子どももただのもの
俗物を連れて歩く町並みは少しばかり動きづらい
床に座り具合悪い自分を介抱している背中からループしている気持ちの悪い眺め
内側から決めてる筋書きから無理な力出さずに俗物の気持ちを吸い出したら
四肢を切断された象をもう一度見たいと言ってるあいつに連れられて冒険に出よう
反射的に表情がニヤついてしまって顰蹙を大勢の人から買ってしまうような
子犬と子どもをかわいいと言わない冒険に出よう

四不像の描写方法みたいな今日が冒頭から続く
子犬みたいで子犬じゃなくて
子猫みたいで子猫じゃなくて
子どもみたいで子どもじゃなくて
初恋みたいで初恋じゃなくて
そんな風な四不像をかわいいと言わない俗物と歩いていく冒険

四肢を切断された状態で生きてる動物だけを飼っているサファリパークがあるなんて俗物が言ってたのを僕はかわいいと思ったりしたよ
太陽に名刺を渡そうとしてるサラリーマンむたい自虐的で離脱できない今が切ない
無条件にかわいいと思って表情が和んでいる人たちの本能を一重に否定できないなんて
頭に浮かべた積乱雲に混ぜていたら俗物のかわいさが虚像なのかもしれないと勘繰りを入れることすらできなくなりました
俗物の笑顔に比例して嘘臭く見えてくる世界に手足があったとすればそれはとっくのとうに切断されている筈で
最初から手足がないと思って接していた物語にじつは元々手足があったとのちのち知らされる時の鳥肌の立ち具合を俗物は果たして理解してくれるのでしょうか?

四不像の描写方法みたいな今日が冒頭から続く
子犬みたいで子犬じゃなくて
子猫みたいで子猫じゃなくて
子どもみたいで子どもじゃなくて
初恋みたいで初恋じゃなくて
そんな風な四不像をかわいいと言わない俗物と歩いていく冒険

子犬と子どもをかわいいと思わずに歩いていけば、いつの間にか手足のない足場のない手の出しようのない動物園で仏のように和んだ表情を浮かべている
これが子犬と子どもをかわいいと言わないまま俗物と一緒に続けていく四肢を切断された物語の手足を集める冒険の一部なんですよ

四不像の描写方法みたいな今日が冒頭から続く
子犬みたいで子犬じゃなくて
子猫みたいで子猫じゃなくて
子どもみたいで子どもじゃなくて
初恋みたいで初恋じゃなくて
そんな風な四不像をかわいいと言わない俗物と歩いていく冒険


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