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病院が嫌いな理由②

風邪っぽい時は市販の薬で誤魔化しながらやり過ごすのが常であるが、その時は様子が違った。
3日程で鼻水や喉の痛みは治まったのだが、頭が割れるように痛い。熱も下がらない。
やがて痛みは範囲を広げて顔面の左半分、目から顎下にまで及んだ。
顔の半分が痛くて動かせないため表情もままならず、意図せずしてビートたけしの真似をしているかのようだが、声は似ていないので他人を笑わすことも出来ない。スカしたバーでイカしたネーちゃんにウィンクすることも出来ない。バカヤロ、コノヤロ。
とにかく熱と痛みでボーッとして仕事にも影響が出てきたため、たまらず病院へ駆け込んだ。

雑居ビルの2階にある小さな病院は、受付にいる木野花に似た女性と、診察室にいる中村梅雀に似た男性の2人でやっていた。
まるで2時間ドラマのキャスティングだ。
火サス(古い)か土曜ワイドかに出てきそうな2人のやり取りを見ているとどうやら夫婦のようである。

すると奥さんも医者なのか、受付で問診をしてきた。
「どした?」
「風邪かと思ったんすけど、2、3日前から顔が痛くて…」
「顔? ふーん、どれどれ…」 顔面を撫でる。
「口開けて喉見せて」
「あーん」
「少し腫れてるね」
「目見せて」 下瞼を引っ張る。
「熱計ろうか」
「はい」
俺は渡された体温計を脇に挟む。木野花が続ける。
「何か薬飲んでる?」
「市販の風邪薬を…」
「うんうん」 メモを取っている。
聞いてみる。
「…変なとこにウィルスが入ったんすかね?」
「うーん、分かんない♪」 随分と軽い。
「今から診察すっから」
「……」
そりゃそうだ、ここ受付だもんな。
体温計が鳴ると寄越せとばかりに手を出す木野花。
「あー、熱もあるね」
些か不安になりながら待っていると診察室から前の人が出てきて、俺の名前が呼ばれた。
木野花が中村梅雀に先程のメモを渡す。なるほど、これで問診の時間が短縮出来るのか。夫婦医者のメリットだな。頭を下げて入室する。
「お願いします」
「はいはいどーぞー」
中村梅雀はニコニコしている。患者を安心させるためかもしれないが、俺は好きな笑顔じゃなかった。
「どした?」
「風邪かと思ったんすけど、2、3日前から顔が痛くて…」
「顔? ふーん、どれどれ…」 顔面を撫でる。
「口開けて喉見せて」
「あーん」
「少し腫れてるね」
「目見せて」 下瞼を引っ張る。
「熱計ろうか」
デジャブか?
いや違う。まったく同じやり取りを今そこでしたばかりだ。
それでも体温計を脇に挟むと梅雀にも聞いてみた。
「…変なとこにウィルスが入ったんすかね?」
「うーん、分かんない♪」
お前もかい!
体温を計っている間、また顔面を触る梅雀。そしてニコニコしながら
「分かんないなぁ~」
「……」
体温計が鳴る。
「あー、熱もあるね」
あるよ! メモは? 受付のアレは嫁の暇潰しか?
「変なとこにウィルスが入ったのかなぁ」
それさっき俺が言ったやつ。
「とりあえず薬出しとくから」
「はぁ…」
釈然としないまま受付に戻るとまた木野花が顔面を触ってきた。
「ここ痛い?」
「(頷く)」
「ここは?」
「(頷く)」
「ここは?」
「(頷く)」
「何だろうね?」
知らん知らん知らん。
「変なとこにウィルスが入ったのかね」
おい!
「とりあえず薬出てるんで、初診料と合わせて3800円ね」
「……」
「で、これが診察券」
「……」

ビルを後にすると、もらった診察券をポケットから取り出しハズレ馬券の如くビリビリに破いて空に放った。火サスのオープニングタイトルの後ろで割れて飛び散るガラスのように見えた。

2時間ドラマのキャスティング、被害者役は俺だった。

俺は病院が嫌いだ。


拙筆 2015年9月
BGM:人は全て死す スキッツォイドマン

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