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病院が嫌いな理由

小学二年生の夏だと記憶している。
足を閉じると太腿に刺激された金玉に鈍痛が走るという謎の症状に襲われた。
「なんだろう…」
触ってみるとやはり痛い。小便をする以外のチンコの用途を知らない無垢な俺は下半身をマルダシにしたまま母親のもとへ行くと上目遣いに訴えた。
「キンタマイタイ」
「は!?  何で!?」
右手に包丁を持って怪訝な顔をしながら俺の顔とチンコを交互に見る姿に慄いたが、
「…わからない、でも痛い」
「……ったく」
バイ菌でも入ったかと心配した母親は町医者に連れていってくれた。

寂れた病院には幼心にもこいつ大丈夫かと疑いたくなるヨボヨボジジイの医者と若い看護婦がいた。
「どうしました?」 ヨボヨボジジイ。
「なんか…おちんちんが痛いみたいで」 恥ずかしそうに母親。
「違う。タマ…」 弱々しく否定する息子。
「……」 一瞬止まる看護婦。
表情を変えることなくジジイが言った。
「じゃあ脱いで」
看護婦に促されてジジイの前に立つと、俺はいそいそとズボンとパンツを脱いだ。
「ふむ」 と皺くちゃの手で金玉を触りだすジジイの肩越しに覗き込んだ若い看護婦が半笑いで呟いた。
「カワ…」
彼女が少年の少年を見て「カワイイ」 と言いたかったのか、先端のおちょぼ口に対して単純に「皮」 と言ったのかは定かでないが、物凄く恥ずかしかったのを覚えている。
今彼女に会ったら露出狂の如くさらけ出して言ってやりたい。
「ほら、こんなに立派に脱皮したよ」
すると彼女は言うだろう。
「あら、ほんと。でもサイズは変わらないのね♡」

それにしても、うすら明るい部屋で金玉をこねくり回すジジイと苦悶の表情を浮かべる少年。そしてそれを覗き込む看護婦と母親。何のプレイだろうか。
ジジイが金玉をこねくり回す。「い、いたい…」 こねくり回す。「い、いたい…」 こねくり回す…。
途方もない時間に感じた。
そんな苦痛な時間の中、難しい顔をしながらこねくり回しては首をひねるジジイを見てだんだんと不安になってきた。
もしかしたら大変な病気かもしれない。
このままちんちんを切断しなければならないとか…!?

触診が終わるとジジイは、痛みと不安で鼓動が速くなっている俺の目を真っ直ぐ見て言った。

「触りすぎだな」
「…え?」

次の瞬間、後ろから頭をはたく母親。プッと吹き出す看護婦。溜息をもらすジジイ。
誤解だ! 誤診だ! 先にも書いたが小便以外の用途を知らない歳である。触りすぎなんてことはない。意味もなく触る癖でもあるというのか。身に覚えがない。
しかし薬品臭い診察室で、呆れるジジイと怒れる母親と笑う看護婦に囲まれた下半身マルダシの子供が反論出来る筈もなく、投げつけられた「触りすぎ」 という診断結果を背負い母親に襟首を掴まれ帰宅することになった。

こうして少年の金玉騒動は、辱めと母親の怒りを買うだけの散々な結果に終わった。しかも痛みは緩和されずに…である。

あまりの仕打ちに腹が立った俺は「もう二度と触らん」 と心に誓い、小便をする時も手を後ろに組んでちんちんに自由を与えた。
OBしたって構わない! 俺は触らないから好きなように暴れるんだ!
CHIN WANT'S FREE! CHIN WANT'S FREE!!
自由を得たおちょぼ口の思うがままに便所の床を小便まみれにするという幼き抵抗――。
このレジスタンスにより俺は往復ビンタの刑に処されることになる。

金玉はというと、3日程で不思議と痛みが無くなり、後にも先にもあの症状が現れたことはない。
まったくもって謎の痛みだったのだが、「触りすぎ」 でないことだけは言い切れる。何故ならその後の人生において俺は明らかに「触りすぎ」 たのに一切痛まなかったのだから。

俺は病院が嫌いだ。


拙筆 2015年8月
BGM:Time After Time Cyndi Lauper

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