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穏やかな胎動

SNSの女の子の顔が全部一緒に見えてしまう。
エゴだってなんだっていいじゃん、好きなんだから。
もっと削っていない八重歯の鋭角さを眺めたい。
ほくろの癖で好きになりたい。
陶器みたいな肌は見飽きた、癖が強い奥二重で刺して欲しいし真夏の陽射しを真っ直ぐに跳ね返す強い肌の光の粒がみたいよ。

50を過ぎる母が、今の子のメイクがあまりにも同じすぎてよくあそこまでお揃いにできるね、違いが分からないと言っていた。
私もそう思う。
でも明確にある正解に辿り着くには、フィルターみたいなメイクをあてがうだけなんだ。

地元で汚染を知らない夕方の春の終わりの空を見つめていた。
景色は目を癒す。
尖りを流す。
私があちらで悩んでいた事など、どうだって良かったんだと思い出す。
大体のことは屈折と屈託を繰り返しただけの屁理屈で、新宿の空は狭い。

母の城に囲われていると、いくつもの芳香を撒き散らす傷の知らない艶やかな、絵本の世界のような安全な世界にいると母と娘の世界は簡単に作られ、守られ、そして鎖されるのだと気がつく。
19の頃、皮膚がずっとずっと薄かった時代、真冬の小刻みに肌が震えた夜中、どこまでも深かった夜、あの布団の中の私たちはおんなじ世界に鎖されていた。

深海よりも深く、穏やかで、暖かな血液が流れ、巡る胎動の力強い海の中を思い出す。
私はいつも遅い。
電車で眩みそうになった深夜に青白く光る掌は私を助けてはくれなかった。
遅くて、躓いては踵をトントンと慣らす間には皆は校庭の光の中に消えていってしまう。
丁度あの写真家牛腸茂雄の写真集『SELF AND OTHERS』の子供たちのずっと後ろ側にいる。


生き物の話をした、母と。
今も眠い目を擦る私を叩き起してまで夢で見た世界の話を、私よりも純な目を輝かして語る母と。

大好きだったカタツムリが、水槽いっぱいに繁殖した途端に気持ち悪くて外に放った話、大きな大きなデメキンの目が1つ落ちてしまって、不気味で鳥肌が立った話。
ふふふ、と母は漏らす。
生きることは刹那なのにはち切れんばかりの懸命さで、いつだって見てくれが悪い。
それなのに生きる。生き切る。

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二人だけの秘密だよ

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