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ザ・フラッシュを詠む

法規的速度遵守の内側で目にも止まらぬ金魚掬い師

網走を脱獄したる赤マント女力士の眼貴まなこあて なり

不摂生蝙蝠紳士自らの腕縫いたりて微笑誇らし

会えるならスパゲッティで会いましょうあの茹ですぎたスパゲッティで

転がってゆく速さよりよりゆっくりと走って道を選ぶさよなら

ザ・フラッシュ5首/八木辰

 先日、クールな印象のある職場の同僚がものすごくあせって全力疾走していたのだが、腕がピンと伸びてアラレちゃんみたいだった。人間、全力疾走する姿を見るまではなにもわからない。大人は疾走感を隠匿して生きている。子供ならば突然全力疾走をはじめる。スタートラインなんてない。世界を区切っていない。成長と共に僕たちは全力疾走を忘れて、たまに電車の時間に間に合わないとおもいだす。走らされてしまう。本当は世間の鎖から解き放たれて足元の一歩目から全力疾走をはじめたい。僕たちはザ・フラッシュを観なければならない。

 フラッシュは足が速いスーパーヒーローだ。人々を災難から救う彼は文字通り目にもとまらぬ速度で/によって事件を解決していく。変身前の姿であるバリー・アレンは世間と歩調の合わない青年だが、変身後も決してスマートではない。辺りでものは散らばるし、足が速すぎるのでなにかとドタバタする。今回は足が速すぎてついに時空をも越えてしてしまう。足が速いというのはすごい。主人公の能力の単純さと不器用な性格の相乗効果で「母親を救うための全力疾走」がコメディ要素を織り込みつつ小気味よく展開していく。DC映画にしては珍しい丁度良い明るさ。そして他のDCエクステンデッド・ユニバース作品を観ていなくても楽しめる親切なつくり。正直、履修ハードルが激高になってしまった昨今のマーベル映画よりも人におすすめしやすい。

 かといって表現が丸いわけでもない。冒頭で崩壊するビルから赤ん坊たちを次々と救出するのだが、そこからしてなかなか狂気に満ちている。「グリーンバックに爆発や洪水をあてはめるのでは味気ない。落下する赤ん坊を拾い上げるべきなのだ」という真摯さが伝わってくる。さらには「全くどうでもいいがゆえに称賛されるべき」伏線もありとても楽しい。このシーンのためだけでもBlu-rayを購入したい。

 そういえばTwitterなどでやたら今作のVFXを腐す感想が見られたけど、本物と見まごうことなきCGこそ見直されるべきじゃないのか、というか、多分批判されてるのはフラッシュが時空を移動するシーンのことなんだけど、あれはそもそもああいうものなんじゃ……とおもう。とにかく、CGうんぬんとかで批判されるのが惜しいくらいには脚本がよくできている。絵空事にしかならないマルチバースの顛末をさりげない日常に収束させていて、空想の興奮から人生の複雑な側面がきちんと削りだされている。上述した冒頭のほかにも「どうでもある」伏線がうまく張られていて美しく気持ちがいい。えー、面白かったんだけどなー。公開して間もないのに上映回数が激減してて作品を推したい人間としてはマジでへこむ。ワーナーの所業とか主演俳優エズラ・ミラーのあれこれとかで前評判からかなり雲行きはあやしかったが……作品はたくさんの人々の手垢にまみれてやっと世に出るものだから、かといってなんらかの罪が薄まらないのは事実だが、いい作品は観られて欲しいなあ。間違いなくエズラ・ミラーの仕事はよかった。バットマンもスーパーガールもみんないいんだけどな。カメオ出演もゴージャスすぎるしなあ。ダメかあ……。

 まあ、いいのだ。好きな作品があったら心にとどめて、あふれてしまったら短歌にして発表するくらいで。自分のエンジンになれば万々歳だ。劇場を出たら、たとえ足が遅くともたまには走り出さなければいけないのだから。腕は振れるか。アキレス腱は大丈夫か。息が切れてももうすこしいけるか。


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