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夜の散歩

 東京に越して来て二年。僕はすっかりこの街に馴染んでいる。そう思い込まなければやっていけない。けど、案外都会というのは田舎者の集まりでもあり、東京生まれではない者も大勢いるのは確かである。
 そんな群衆に紛れているような僕は至って平凡な人間だ。
 元来、街をぶらつく事をあまりしない僕は、二年も住んでいるこの街のことをあまり知らない。家から一番近いコンビニとか、薬局とか、いざという時の病院ぐらいは把握しているけど、家の近くに美味しい店があるのかどうかは分からない。外食は殆どしないし、するとしたら先輩や友人に誘われた時だけだ。それに誰かとの食事を自分の家の近くで済ませる事がなく、繁華街に出て落ち合うことが大半だった。それも決まった相手との約束でしか出かけない為、特定の栄えている駅しか分からず未だに電車に乗る事は億劫だ。駅から出た道も、新宿とか渋谷とか、比較的よくブラついたはずなのにどこに何があるか分からず道に迷う。東京は人が多いと言うのは本当で、どこに行っても人が沢山いる。

 珍しく出掛けた夏の日のこと、電車に乗るのが嫌で三駅程歩いている時のことだ。外食をしないだけで決して引きこもりではない。むしろ歩く事は好きで、どうしても外に用事がある時や、映画を見る時は一人で出掛ける。寂しがりやなくせに一人が好きな僕は、夜遅い時間の映画を観るのが好きだった。深夜に近い時間の映画館には殆ど人が居ない。でも一人ぼっちではなく、知らない誰かさんと大画面で楽しみにしていた映画をじっくり観る事ができる、僕にとっては居心地の良い空間なのだ。何よりそんな時間帯の座席は真横に人が来ず快適だ。

その日も楽しみにしていた映画を観た帰り道の事だった。電車に乗れば十分ちょっとのところを僕は四十分近く掛けて歩いていた。アナログ時計の針は十二時ちょうどを指している。
 映画の帰りに長い時間歩くのにはもう一つ理由がある。今し方観た映画の内容を一人で振り返りその世界に浸る為だ。終わった直後に感想を言い合ったりするのも楽しいので友人と観ることも好きだが、自分の感情を素直に認めながらじっくり振り返るのはとても楽しい。そうやっていつも通り映画の内容を思い返しながら歩いている時だった。
「    」
声が聞こえた。聞き取る事は出来なかったが、確かに今、すぐ近くで声がした。進行方向にはコンビニがあり、その前に二人程人が見える。ただ会話がハッキリと聞こえる距離ではない。友人同士か同僚か分からないが、何事かを語り合って居る様子しか分からない。何より今聞こえた声は、何と発したかは不鮮明だが確実にすぐ側で聞こえた。正面に見えている人たちの声ではない声が近くから聞こえた為、頭に疑問符が浮かび、僕の歩みは一瞬止まった。あの人たちではないならと、止まった足で後ろを振り返ったが、今渡っている横断歩道には誰も居らず、もうすぐ変わりそうな歩行者用の信号が点滅し始めていた。いくら深夜で車通りも少ないとはいえ、こんな所で立ち止まっては行けないと思い、歩みを再開させようとした。振り返っていた身体を元に戻そうとした時、また
「    」
声がした。聞こえるけれど聞こえない。あまりの不思議さに僕は横断歩道の真ん中でついに立ち止まってしまった。歩行者用の信号が赤に変わろうとしている。何故か分からないけれど、この横断歩道を渡っては行けないような気がした。そう頭の中で思った瞬間、後ずさるように僕は横断歩道を引き返していた。渡るはずだった先にある電柱の側に、献花が見えたのだ。暗がりでよく見えない筈なのに、視界にはハッキリと見えた。信号が変わり、車道の信号が赤から青になった。車は来ていない。明確な理由は分からないけど、僕は今ここを通る事が出来ない。そう思い、少しだけ道を戻って地下へと降りることにした。地下鉄の多い東京は、地下通路も多い。地下通路を通って今いる場所から最も近い駅へ向かうことにした僕は、先程より少し早い速度で歩を進めていた。確かまだまだ終電はある。

 次の日、昼休みにニュースや時事ネタを見ている時のことだった。あの、渡れなかった横断歩道で交通事故があったという記事を見つけた。深夜、コンビニの前で二人の客が口論の末殴り合いに発展した後、片方が逃げた際に運悪く車がはねたとの事であった。その記事には献花の写真が掲載されていて、その献花は昨夜僕が見たものと全く同じだった。事故が起きた時間は、深夜十二時を五分程過ぎた頃との事だった。


#創作

実体験と夢で見た話と作り話を混ぜ合わせた話。映画の下りはただの自分の話。笑

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