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母1年目の2022年を振り返ってみた〜娘の成長と初めての子育ての苦悩〜

2021年11月30日16時2分。待望の第一子が生まれました。2640gの小さめの女の子。
2年の妊活と、十月十日の妊娠期間を経て、やっと会えた大切な大切な娘。

まさに「赤ちゃん」というように、薄い皮膚の下に流れる血で全身は赤く、想像よりも小さな儚い声で泣くその子を初めて腕の中に抱いた日を、一年経った今でも明確に覚えています。

泣いて寝ることしかできなかった我が子は、1歳になった今私の膝にしがみつきながら2本の脚で立っている。

この一年は、32年の人生の中で最も大変で、最も幸せな一年でした。きっと人生を終えるときにも宝物のように思い返す気がします。
だから、いつでも少しでもリアルに思い出せるように、ここに書き残しておこうと思います。

生後0ヶ月

👶娘の成長

  • 2640gから1ヶ月で3542gへ

  • 1日中ほとんど寝ている。

🤱母の体調と状態

  • (振り返って考えれば)マタニティブルーズ

  • 授乳と娘の体重の増えに神経質


娘はまだほぼ1日中寝てた時期。この頃の私は授乳と新生児との慣れない生活に全く余裕がなかった。

「せっかくだし混合育児でもいいけど、もうちょい母乳飲ませたいな〜」くらいの気持ちだったはずなのに、突然に母乳にこだわり出して上手くいかずに落ち込んでた。
毎日「母乳が出ない」か「赤ちゃんがおっぱい飲まない」しか考えてなかった気がする(笑)
側で見ている夫は「なんでそんなに神経質にこだわっているんだ」と不思議だったと思う。それでも私の母乳を飲ませたい気持ちを尊重してくれた。母乳育児のうまくいく/いかないは、体質はもちろんその仕組みを知ってるか知らないかで大きな違いが出てくる。
夫は一緒に母乳育児について調べてくれて、母乳外来にも一緒に行って助産師さんの話を聞いてくれた。
こだわる理由を聞かずに、気持ちに寄り添ってくれることがすごく嬉しかった。自分でも謎のこだわりだったし悩みすぎて辛かったけど、それでも母乳育児を頑張ってよかったと今思える。
このころ通い始めた母乳育児相談にのってくれる助産院は、当初の子育ての支えになってくれました。

赤ちゃんが未知すぎて、全てのことが心配で生後2週間くらいで、夫も私も心身共にヘロヘロになってたけど、夫が育休取ってくれてたから、昼間に交互に休みをとって乗り越えられた。

そういえば生後0ヶ月の終わり頃、オムツ変えようとした瞬間に、💩ジェット噴射されて浴びた。「子育てっぽい〜!!!」って大爆笑したなぁ。

生後1ヶ月

👶娘の成長

  • 初めての風邪を引く(早)

  • メリーやえほんを目で追ったり、目が合うようになる

  • 「あう」とクーイングするようになる

🤱母の体調と状態

  • 産後1ヶ月を終えて風呂に入れるようになる

  • ちょーーーっとだけ子育てに慣れる


助産院に通ってサポートを受けたおかげで(精神的にも)、授乳がうまくいき出したこともあり、すこーし余裕がで始めたはずだった。

だが、生後1ヶ月で娘に風邪を引かせてしまう。おでかけしたわけでもないのに…。
鼻づまりが気になって初めて小児科に行くと
「この時期に風邪になることないはずだけどね。生後3ヶ月までに風邪引くと肺炎とか重症化するかもしれないから気をつけて」
と言われて、信じられないくらい落ち込む。

重症化するかも…と思うと、怖くて夜も眠れない。リビングは湿度と温度のコントロールが難しいから、寝室にこもりっきり。昼ごはんも晩ごはんも寝室に運び込んで食べた。今思えば神経質すぎるけど、その時は赤ちゃんにとって何がどれくらい危険か分からなくて全てが怖かったんだよなぁ。

結局風邪は治ったけど、このときのリスクをしっかりめに説明するタイプの小児科の先生と、悲観的になりやすいタイプの母親の私はソリが合わず(笑)もう行ってない。
腕も大事だけど相性のいい小児科の先生を探すって、子育てにおいて大切な気がする。

ちょっと授乳の悩みが落ち着いてきたのに、今度は娘の向き癖が気になり出した。癖のついた側の反対側から声をかけたり色々フォローしてたな。
この先も私は次から次に気になることを見つけては悩んだり対処したり忙しなく過ごすことになる。

生後2ヶ月

👶娘の成長

  • 初めての予防接種

  • 初めての40度越えの熱

  • 腹這い運動を始める

🤱母の体調と状態

  • 夫の育休が終わり、日中のワンオペがスタート

  • 母乳が軌道に乗り出す


2ヶ月の夫の育休が終わり、一人で子供を見ることになる。どこでもらってきたか分からない風邪がトラウマで(笑)一人で散歩に連れていくことさえ嫌がっていた気がする。

初めての予防接種の思い出は、注射した瞬間はギャン泣きだったけど、そのあとはすぐに眠ったような記憶。

そして生後2ヶ月といえば、初めての高熱。夜中の授乳のために抱きかかえると、明らかに身体が熱い。熱を測ったら40度ある。
はじめての高熱で、ドキドキ動悸が止まらなかったのを覚えてる。この日はいつもより早く寝てくれて「寝かしつけうまくいった〜!」って喜んでたんだよな。ただ体調が悪かっただけでした汗

ちょっと話が逸れるけど、この時期の寝かしつけは毎日1時間は当たり前。毎日毎日寝るまでギャン泣きする娘を抱っこして寝かしつけてた。みんなそんなもんだと思ったら、同時期に子供を産んだ友達から「うちはベビーベットに置くと勝手に寝るよ〜^^」って言われて絶句したのを覚えている(笑)

ちなみに、夜中の高熱は、タクシー走らせて救急病院に着いた頃には平熱になっていて、他の症状も特になく、なんのこっちゃなかった。いまだにアレがなんだったのかは分からない。

生後2ヶ月くらいになってたから、うつ伏せ練習をさせ始める。最初は本当に「ひっくり返されちゃった、どうしたらいいかわからない」って顔してたなぁ(笑)1分も経たずに、辛くなって泣いちゃってたし。
でも、うつ伏せ状態で首を上げた先にお気に入りの本が見えるように工夫したりしながら、練習頑張ってた。
この頃子供の発達発育に興味を持ち出して、本や映像資料を見たりしだす。

生後3ヶ月

👶娘の成長

  • 表情が豊かになる

  • 生後100日でお食い初めをする

🤱母の体調と状態

  • 保育園の合格通知に心乱される


この頃の娘は、だいぶ表情が豊かになって「あー、うー」も発声というよりコミュニケーションを取ろうとしている意図が感じられた。
私もなんとなく子育てにも慣れてきて、そんな娘の姿を心から可愛いと思えた時期。もちろん今も思ってるけど!(笑)
でも、切羽詰まると、我が子を可愛いと思う余裕すら失われちゃうから。朝二人で散歩に行く時間が好きだったなぁ。

この時期に忘れられない感動的な出来事がある。

まだ娘の首は完全に座ってなくて、引き続きうつ伏せの練習を頑張っていた頃。
私が横になりながら少し上体を倒して、娘を胸の上に乗せてうつ伏せをさせたとき、娘は初めてしっかり首をグッと上げた。そしてキョロキョロ左右を見渡す。
その時の目の輝き。とんでもない宝物を見つけたようにキラキラした瞳をしてた。
実際に娘の目に映るのは布団の散らかったベットと寝転がった父親なんだけど、きっといつもとはだいぶ世界の見え方が違ったんだろうな。

好奇心ってこんなに人間の目を輝かせるんだと胸を打たれた。
いつまでもこんな目ができる子でいてほしいと心から思った。
同時に私自身も好奇心を忘れたくないし、それさえ忘れなければいつまでも魅力的な人間でいられるはずだと思えた。
私は一生あの表情を忘れないと思う。

そんなようやく子育てを楽しめるようになってきた時期に保育園の合格通知が届く。めちゃくちゃ複雑だった。

保育園の申し込みは妊娠中の10月。保育園は娘が小学校にあがるまでの長く大切な時間を過ごす場所。安心して信頼できる場所を選びたかった。
私の住む地域の1歳での入園は激戦で、選ぶ余裕なんてきっとない。0歳なら行かせたいところに受かる確率があがる。
保育園入園時に4ヶ月のため受け入れてくれる園は多くないけど、幸運にも第一希望だった園は生後2ヶ月から受け入れ可能だった。
だから、妊娠中に0歳での入園で、第二希望まで申し込んでいた。
その第一希望の園への入園許可通知。嬉しい。はずなのに。

目の前の娘はあまりにも小さかった。妊娠中は生後4ヶ月の赤ちゃんがどんな状態かなんて具体的に分かってなかった。

当時の娘は、やっと首が座ったばっかりで、寝返りもできない。体重は生まれてからずっと成長曲線ギリギリ。3ヶ月検診に行っても、同じ月齢の子たちの中で一回り小さかった。それに外に出歩いているわけでもないのに、よく風邪を引く。

この子を保育園にいれる?
初めてのハイハイや初めての一歩を見逃すかもしれないなんてことは、どうでもよかった。
本当に安全なのか?それが心から心配だった。
コロナ感染者数はまた増えてきてる。妊娠期間から用心して引きこもりまくる生活を半年以上続けていた私は、世間と比較すると過剰なほど警戒心が高まっていて、それに『SIDS(新生児突然死症候群)は生後半年までに多く、なおストレスも一因の可能性があり、慣らし保育中発生率があがる』なんてWEB記事も見てしまった。

じゃあ、入園を来年にするか?夫と意見は割れた。彼は冷静だった。
もう4月はすぐそこなのに、この時期の私は決意を固めることができなくて、暇さえあれば保育園のことでグズグズ言いながら過ごしていた気がする。

生後4ヶ月

👶娘の成長

  • 首がすわり、うつ伏せが上手に。

  • お宮参りをする

  • お昼寝が減りだす

🤱母の体調と状態

  • 今思えば産後1年の中で、心身ともに最も調子が安定


保育園のことは、正直「今更もう覆せない、夫を説得できる自信もない」そんなネガティブな理由で、入園させる意思決定をした。

でも、どんな理由であれ決めたなら、決めた道で幸せになる!とも考えられるのが、私のいいところ。(自画自賛)

不安はあるけれど、第一希望の園に通える。この園なら「こんなふうに過ごしてほしいな」という子育ての方向性の希望も、家からの距離もかなう。ポジティブな面にフォーカスすることにした。

でも、入園時期は育休と有給を使って、ギリギリまで伸ばしたので、実際の慣らし保育は5月GW明けから。

娘とべったり二人きりで過ごせる最後のこの時期を、噛み締めるように過ごしていた。この時期はアプリの日記も更新頻度が高い。
平日に同じ新米ママの友達とピクニックしたり、育休らしいこともした。

娘の発達をサポートしたくて、ベビーケアの出来る助産院に通い始めたのもこの時期。当時娘は寝返りはまだできてなくて、練習の真っ最中。もうちょっとでクルッといきそうだぞ!という状態を繰り返して、ヤキモキしながら見守っていた。

この助産院には今も定期的に通っているけど、本当に行ってよかった。娘の身体を見て、ウィークポイントを鍛えるような遊びを提案してくれる。その後も発達ゆっくりめだけど、助産院に診てもらってるから焦らず見守っていられる気がする。

母乳育児支援をしてくれる助産院にも相変わらず通っていた。娘が0ヶ月のときから見てくれるからか、一緒に連れて行くと安心できた。
保育園にいれても、いけるところまでは母乳も頑張りたいという想いに寄り添ってくれたし、低月齢から保育園にいれることも否定しないでいてくれた。

私は産前産後めちゃくちゃ助産師さんに助けられている。(泣かされたこともあるけど笑)
これについては「かかりつけ助産院」というテーマで、別のnoteを書きたい。

赤ちゃんは、お腹が空いたら泣くものだと言われているけど、娘はお腹が空いていることに気付かないのか、日中も本当に泣かなかった。ほっとくと5,6時間経つ。
すると授乳回数が減り、体重がさらに伸びなくなってしまう。だから、様子を見てちょこちょこ授乳していたので、いつまでも授乳回数は8〜10回だった。
夜間の授乳も辞めない方がいいとのことで、夜間ほっとくと6時間とか寝ちゃう娘を3,4時間おきに起こして授乳をしていた。
この長く寝てくれる時期、いまや懐かしい(フラグ)

でも授乳の時間は、一番子供の温かさを感じらるし、嫌いじゃなかったな。

生後5ヶ月

👶娘の成長

  • 保育園に通い始める

  • かなり声を出してよく笑う

  • 寝返りをするように

  • 離乳食を開始

🤱母の体調と状態

  • 仕事復帰


保育園デビュー&仕事復帰。保育園デビューというと、子ども号泣のイメージがあるけど、月齢が小さすぎて娘はあんまりよく分かっていなそうで、そんなに泣かなかった。

慣らし保育はかなり人に合わせてアレンジしてくれて、担任の先生は私がとんでもない心配性なことを察すると、母子通園を増やしてくれたり、登園時間の延長させ方を緩やかにしたりしてくれた。

生まれて初めての大きな環境変化だから、娘が疲れてしまわないように、帰ったらゆっくり寝かせるように気をつけた。

シフト制の夫にも協力してもらって、平日の中日の水曜に休みを調整してもらい、登園当初は水曜を中休みにして週4日登園にしていた。

保育園に行き始めて、確かに風邪はたくさんもらったけど、思ったほど長引いたりしなかったのは、このゆる登園スタイルのおかげかもしれない。

このときも夫は基本「心配しすぎだよ」と突き放さず、私が娘にしてあげたいと思うことを尊重してくれた。それが本当にありがたい。

そして、保育園に通い始めて1,2週間くらいで寝返りをするようになった。うつ伏せの上目遣いが可愛くて、たくさん写真撮ったなぁ。

5ヶ月の後半には離乳食もスタートしたけど、保育園始まった直後で風邪もらいまくって全然進まなかった。

生後6ヶ月

👶娘の成長

  • 一つ目の歯が生える

  • 両手でおもちゃを持って遊べるようになる

  • 体重がちょーっとしか増えない

  • 中耳炎になる

  • 保育園はコロナ理由の休園が続く

🤱母の体調と状態

  • 大きく体調を崩す


娘の発達がめざましかった生後6ヶ月。寝返りもどんどん上手くなって、気がつくといつのまにかコロっと寝返ってた。嬉しいながらも、寝ている間の寝返りが怖くて、眠れなかった。
ずり這いはできないけど、うつ伏せ状態で右左に回転して自分の向きを変えることはできるようになった。
移動ができるようになると何に興味があるのかわかりやすくなって、嬉しかったなぁ。
あと、下の歯が生えてきた。小さい小さい歯。歯だけみてもかわいい。

親になって初めて大きく体調を崩したのもこの時期。私と夫が時間差で、吐き気・嘔吐からの38度以上の発熱。コロナや感染症がすごく怖かったけど、PCR検査は陰性だったし、結局娘には何もなかったから、なんだったんだろうな。あれは。
でも、育児にとって親の健康が何よりも大切なのは本当に実感した。自分が体調が悪かろうがなんだろうが、子供のお世話はやめられないし、ぐずったら抱っこしなきゃいけないし。本当に世のお父さん・お母さんお疲れ様です。

はじめたばかりの仕事と育児の両立は、なかなかに難しかった。自分の体調不良に加えて、娘も保育園通い始めでしょっちゅうお腹壊したり鼻水・咳がでたりと体調が安定しなかったし、コロナによる保育園休園もあって、安定して出社することさえ危うかった。

生後7ヶ月

👶娘の成長

  • 7ヶ月検診に引っかかる

  • 夜泣きが悪化する

  • 引き続き体重はちょーっとしか増えない

  • ずり這いが始まる

🤱母の体調と状態

  • 比較的元気


7ヶ月検診では、まさかの再診にひっかかる。お座りが不安定な上に体重の増えがギリギリだから。
生後3ヶ月くらいまでの私だったら、ショックで号泣してた自信があるけど、このときの私はメンタルノーダメージだった。

ベビーケアに通っていたから、元から娘が全体的に筋力弱めであることは認識があったし、お座りができるようになるのはもう少しあとの月齢でも問題ないことを知識的に知っていたし(作業療法士の方が書いた本を読んでいた)、保育園の先生方に「◯◯さんは小柄ですが、周囲への興味など精神の発達は問題ないので心配することないですよ」と励ましていただいていたから。

もちろんお医者さんにしっかり診ていただくことは大事なのだが、それは再診にちゃんと行って経過を見ていただけばいいと、必要以上に落ち込むことがなかった。

一緒に寄り添ってくれていた助産師さん、保育士さんのおかげだ。

お座りはできなくても、7ヶ月中頃になると、ずり這いができるようになった。初めて移動手段を手に入れた娘。

まだまだ離乳食はうまく進んでなくて、食べれる食材も少なかったけど、7ヶ月終わる頃にはお皿によそった分を完食する日もあった。初めて完食してくれた日は、ここまでの子育ての中でベスト3に入るくらい嬉しかったかもしれない。
今でも娘が美味しそうにご飯を食べる姿が一番好き。

一つ問題が解決したら、また新しい問題が発生するのが子育てというもの。娘の夜泣きがこのあたりから悪化する。これは今でも続いているけど、いい時で3時間に一回、悪いと1,2時間に一回泣いて起きる。

ちょうどこの生後7ヶ月くらいから夜通し寝てくれる子も出てくる中で、我が家は逆行している。この課題が、これまでの我が家の子育ての最大の壁になった。でも、この時期は「最近よく起きるなぁ。まぁ夜泣きが起きる時期でもあるし、いっときのことだしね。」と軽く考えられていた。

まだまだ仕事と育児の両立は難しいと思いながら、やっぱり仕事は楽しいとも感じてた。仕事復帰すると、産休育休中に組織変更もあり新たに入社したメンバーもいて、それがすごく楽しかった。人と人が刺激しあって、社会に何かを生み出していく。
出産育児を通して自分の中の変化を感じたけど、仕事を通じてやっぱり自分の中に変わらない部分もあることが嬉しかった。

生後8ヶ月

👶娘の成長

  • 7ヶ月検診の再検診

  • 離乳食の進みが悪い

  • 人見知りや後追いが始まる

🤱母の体調と状態

  • タスク量が増えてきていよいよ育児との両立に葛藤

  • はじめて子連れで外食


8ヶ月に入ってすぐにあった7ヶ月検診の再検査は「前よりもお座りも安定してきているし、体重もまだギリギリだけど食事量が増えているようだから、一旦OK」と言われた。「また1ヶ月後に体重の増えがなかったら来てね」とのこと。これは問題なし。

発達のペースでいうと、いまだにずり這い。両手を前に出すバタフライのような個性的なずり這いで、いきいき移動してた。
周りはハイハイもしはじめていたし、お座りで遊ぶ子もいたし、両手でのずり這いの形も気になったけど、これまでも発育発達ゆっくりなので、まぁまぁそうだよねと受け入れていた。

体の発達発育はゆっくりでも、感情面の成長をたくさん見せてくれた。手を伸ばして抱っこを欲しがったり、人見知りが激しくなったり。抱っこをたくさんして体の疲労は大変だったけど、娘が考えていることが分かることがすごく嬉しかった。心を通わせられることで、ますます愛しさが増していった。

一見順風満帆そうなんだが、生後8ヶ月の頃はカオスだった。

まず精神的なところ。

娘の成長、それに伴って増す愛しさ。だからこそ、葛藤が生まれた。この頃の日記にはよく「娘にどう生きて欲しいか、私はどう生きたいか」的なことを書き残していた。

トツキトオカにつけていた当時の日記

この葛藤は増していくばかり。

この葛藤の中で、いよいよキャパオーバーを起こす。この時期まで本業以外に副業もしていたが、なかなか回らなくなってきた。
時間の余裕よりも、頭の余裕がオーバーしてた。
本業・副業・子育て・夫婦の時間。全て「こなす」ことさえギリギリの状態で、自分が納得できるレベルなんて程遠いところにある。それがジワジワと自分の自尊心を削っていき、どれも何のためにやっているんだろう?と迷子になってしまった。

モヤモヤする気持ちを夫にぶつけて、よくない空気になることもあった。
何かを手放すしかないと分かっていたけど、それが諦め癖の一歩に繋がるんじゃないか?と不安だったし、正直優先順位を正しく付ける余裕が残っているかも怪しかった。

そして、同時期に私にとって物心ついて初めての身内の死を経験した。おばあちゃんが亡くなった。

子供の頃、夏休みにはずっとおばあちゃんの元に預けられて、たくさん思い出を一緒に作ってくれた。たくさん甘やかして「私はこの人に愛されている」という自信を作ってくれた。

そんなおばあちゃんに、孫である娘を会わせてあげられなかった。コロナの様子をみているうちに、ついに直接会わせてあげられなかった。生きているうちに産んだのに…。この状況の中で、どうすれば良かったのか考えても答えは出なかった。

そんな精神的に不安定な状況に追い討ちをかけるように、家族が立て続けに体調を壊す。
娘が風邪を引く→それが私に移る→娘がまた風邪を引くを繰り返す。それまで熱は出ても本人の様子は元気なことが多かったけど、このときは見るからに元気がなくぐったり。それをみていると自分の無力さに悲しい気持ちと苛立つ気持ちでいっぱいになってしまった。
こんなの子育て家庭ならデフォルトモードなんだと思う。ただ「みんな経験することだから」と言って、辛くないわけじゃない。

そもそも、ベースで娘は夜泣きがひどいのだ。ゲームならHPが0になれば、ゲームオーバーで、またHP満タンからやり直し。
でも育児はHP0のところに、強めの攻撃がバンバン入ってきてもありがたいことにゲームオーバーにならない。けどHPが満タンになることもなく、マイナスになり続けるだけ。死んでるはずなのに、生きてる状態。

もう無理・・・と思っているところで、夫がダウンした。

保育園で手足口病が大流行し、娘も漏れなく感染した。ただ、娘は症状が軽く、本人もあまりぐずらなかった。
ただし、娘の手足口病が夫に移る。これがまぁヤバかった。40度越えの熱から始まり、手足の発疹、喉の周りの発疹(口内炎が喉周りにできまくるイメージ)。
熱喉の発疹のせいでご飯が食べれない。本当に辛そうだった。一番辛いのは夫なんだけど、やっぱり家庭で1人でもダウンすると、自分じゃなくても辛いものだ。

あともう一つ悩みがあった。(悩みありすぎ)離乳食の進み具合。

自宅で新しい食材を試して、保育園の給食で出る食材にアレルギーがないか確認しないと、保育園での給食を初期食から中期食に進めることができない。
でも仕事しながらの育児では、毎日の繰り返しだけでも精一杯で、新しい食材を試すことが後回しになってしまってた。
さらに娘の体調が悪いときには新しい食材を試すことができない。保育園に通ってたら、調子が良くても2週間ごとに風邪を引く。
結果として子供のことを後回しにしてしまっている罪悪感が苦しかった。

正直、この時期は悩みが多すぎて、早期復帰を心から後悔してた(笑)

でも、もちろん悪いことばかりじゃない。初めてちゆきを連れて外食をしたのもこの時期。近所のファミリーレストランだった。両親が食べている途中でやっぱり待ってられなくて、娘は途中グズグズしてきちゃってダッシュで食べたけど、一緒にできることが増えたことが嬉しくて、ドタバタランチもいい思い出。葛藤はしてたけど、日々の中で子育ての楽しみを味わう瞬間ももちろんあった。

生後9ヶ月

👶娘の成長

  • お座りができるようになった

  • ずり這いで段差を登り降りできるようになった

  • 夜泣きがさらに悪化

🤱母の体調と状態

  • 副業をストップ


自分のキャパオーバーの限界が近いことを感じ、本業の復帰前から続けていた副業をここでストップした。
とても共感できたサービスだったから最後までお手伝いしたかったので、すごく悔しかった。

でも、結局これはいい判断だったと思う。冷静に考えてあの状態で進んでいたら、本業・副業どちらかで迷惑をかけるか、私がダウンするかのどっちかだったと思う。
だって、状況はこの後さらに悪化するから。少しの間だろうと思っていた夜泣きは収まるどころかますます悪化していて、慣れたと思っていた睡眠不足も、慣れられるレベルを越えるところまでいく。結論から言うと、この夜泣き問題、1歳越えて2022年のクリスマスに断乳を敢行するまで続く。

ただこの時点では、一旦副業がストップし、娘の体調も安定していたので、生後9ヶ月は落ち着いて過ごすことができた。

娘を連れたお出かけにも慣れてきた。それまで事前に計画してないと電車乗ったお出かけなんてしたくなかったけど、サクっと二駅先にお買い物ができるようになったし、休日は夫と交代で半日ずつ1人の時間を作ることができた。それまではワンオペも嫌、娘と離れるのも何となく嫌、と上手く休むことができなかった。

娘も順調に成長。9ヶ月後半にはついに自力でお座りができるようになった。ヤキモキしながら見守っていたので自分で座っている姿をみたときはホッとした。

生後10ヶ月

👶娘の成長

  • バイバイができるようになった

  • ハイハイができるようになった

  • 離乳食がぐんと食べられるように

🤱母の体調と状態

  • 初めての鹿児島帰省

  • 長期間の寝不足の影響が出だす


生後10ヶ月の大イベントといえば、初めての鹿児島帰省。
8月におばあちゃんが亡くなり、90を超えたおじいちゃんのことが心配になった。孫に会えばまた活力が湧いてくるんじゃないかと思ったし、もしものことがあったときに「また会わせられなかった」と後悔したくないと思ったから。

初めての飛行機の旅は、思いの外さほど泣かず、過ごすことができた。それでも初めての子連れ飛行機はテンパって、チケットを紛失しかけたり必要なものを預け荷物にまとめちゃったりと、ミス連発だったけど。

やっとおばあちゃんに線香をあげることができ、おじいちゃんに娘を抱かせることができた。私の弟は未婚なので、初孫だったこともあり、みんなすごく喜んでくれた。

ちなみに、私の父も、この帰省ではじめて娘に会った。びっくりするほどデレデレ。あんなに感情を露わにした父を見たのは初めてだった。ギャルかってくらいずっと写真を撮ってニヤニヤしていた。

最初は色んな人に抱っこされて人見知りで泣いていた娘も、徐々に歓迎されているのが分かったのか笑顔が増え、自分からずり這いで家族に近寄ることもあった。私がおばあちゃんから愛されている実感を与えてもらったように、娘もそれを受け取ったなら本当に嬉しい。
心配はあったけど、連れてきてよかった。

生後10ヶ月の思い出で、もう一つ印象深いのが、娘の食に対する姿勢の変化。
進んでいなかった離乳食の新しい食材の追加は、新食材チャレンジカレンダー(手作り)を導入したところスムーズに進むようになり、やっと保育園での給食が中期食にステップアップした。

手作り食材追加カレンダー

給食が中期食に進むと、家でも食べる量がぐんと増えた。
それまでは保育園の同じクラスで初期食を食べているのは娘くらいで、中期食を食べる子達とは一人離れて先生と食べていた。でも、中期食に進んだことでみんなで食卓を囲めるようになり、食事が楽しいものだと思えるようになったんだと思う。
それまでが嘘のように、よく完食してくれるようになり、体重も増えるようになった。
たしかに大人だって寂しく食べるときは、なんだか食が進まない。当たり前のことだけど、赤ちゃんにも社会性の種のようなものがあることを改めて感じることができた。
娘の情緒的な成長を感じて嬉しかったなぁ。

食事量が安定すると、体力や筋力もついてきたのか10月の中旬に両手でやっていたズリバイが、ちゃんと片手づつ手が出るようになり、その数日後にハイハイができるようになった。
ハイハイするようになると、すぐつかまり立ちのような動きもするように。
これまでの発達のゆっくりスピードが嘘のように、トントンとステップが進む。慌てて、家具の角にケガ防止クッションをつけた。
調子づいて発達が進んだのは食事も大事だったけど、ベビーケアでアドバイスしてもらった関わり方や遊び方の効果でもあると思う。

この時期は気候的にも過ごしやすいことが多く、休日には娘を連れてピクニックに出かけたり家族と幸せな時間を満喫できた一方で、長期間の睡眠不足による不調が無視できないレベルになってきた。

生後11ヶ月

👶娘の成長

  • つかまり立ちができるように

  • ちょこっと伝い歩きも

  • 「どうぞ」ができるようになる

  • 箱の中にボールを入れられるようになる

  • 胃腸炎で初めての嘔吐。

🤱母の体調と状態

  • 心身ともに絶不調

  • 夫も体調を壊す

  • 仕事との両立がいよいよ困難に。


娘は元気に成長してくれたけど、睡眠の問題だけは全然解決しなかった。生後11ヶ月になっても新生児か?ってくらい起きる。

夜泣きがひどくなる前の生活サイクルは、
7時に起きて、娘の相手をしながら朝の準備。
娘が保育園に通っている間に仕事。
夕方娘が帰ってきてから寝かしつけまでは、育児と家事でノンストップ。
寝かしつけた後、1,2時間また仕事。
夫の仕事が終わったら、夫婦でご飯を食べながら雑談。
0時から1時ごろに睡眠。
こんな感じだった。

夜泣きが悪化しても、このサイクルを維持していた。でも、横になっている時間は6,7時間あっても、1,2時間おきに起こされてしまうので、実際の睡眠時間は4時間程度だったと思う。それに深く眠ることはできない。
特に、寝かしつけ直後は30~45分ごとに起きるようになってしまったので、寝かしつけたあとの仕事がちょこちょこ中断されてしまい、集中できない。

生後9ヶ月後半ごろからこんな調子で、睡眠不足に加え、仕事が思うように進まずイライラすることが増えてきた。

このままじゃよくないと思い、生後10ヶ月ごろには、寝かしつけたあとの仕事は諦め、自分も寝るようにした。それでも私は元々寝付きが悪いため横になっても入眠できないことが多かった。ただ、少しでも体力を温存するためにその生活を続けた。

そして生後11ヶ月を迎えたころから、私の心身の不調は一層悪化した。

朝が起きあがれない。
悲観的な想像ばかりしてしまう。
「眠い」というより、気力が出ない。

娘を保育園に迎えに行くのが怖い。そう感じたのもこの時期。

何かがおかしい。まずい。そう思ったけど、何をどう改善したらいいか考える脳みそも残ってなかったんだと思う。

夫に夜泣き対応を代わってもらい自分が寝るという選択肢もあったが、彼も早朝から夜遅くまでのハードワークで、夜泣き対応をする代わりに家事の全てを負担していた。それに加えて10月ごろから原因不明だが咳が止まらなくなるなど、彼の身体もギリギリでその選択肢を取るのは難しかった。

でも、この状況を放置するのはまずい。「卒乳・断乳すると、夜泣きが改善することがある」という説を信じて、1歳を超えたばかりの年末年始の連休中に断乳することを決意。
断乳は数日間は激しく泣くと聞くし、断乳しても夜泣きが治らないケースもある。娘は夜泣きはしてもその度に授乳すれば一旦落ち着くので、ずっと断乳することを決められずにいた。
それでも、手を打たねばと賭けに出るつもりで断乳を決めた。

断乳を決めてから実行するまでの約2ヶ月。この期間が、育児1年目で最もしんどかったと言っても過言ではない。

こんな状態だから、仕事も出勤して定時までやり切るだけで精一杯と言った感じ。正直たくさん迷惑をかけてしまっていたと思う。
それでも「よくやってくれている」「十分頑張ってる」と励まして、フォローしてくれたメンバーには感謝してもしきれない。
正直チームメンバーがいてくれなければ、休職もしくは退職していたかもしれない。

ギリギリの状態で過ごした生後11ヶ月の後半、ダメ押しのように娘が初めての胃腸炎になり、一晩で何度も吐き続けた。その処理をするので、当然のように私にもうつり、翌日私も一晩中トイレの中で過ごすことになる。
この数日で私の体重は産前に戻った(笑)

生後12ヶ月

👶娘の成長

  • 少しなら支えなしでも立てるように

  • ストローを小さな穴に入れられるように

  • ぬいぐるみ相手に「トントン」などおままごと的なことができるように

  • 発語はなし

  • 断乳により睡眠が劇的に改善

  • コロナ感染(リアルタイム)

🤱母の体調と状態

  • 引き続き心身ともに絶不調からの回復

  • 初めての家族でディズニー


絶不調の中迎えた娘の1歳の誕生日。ディズニーでお祝いをした。余裕のない1年だったけど、娘が特に大きな病気や怪我なく1歳を迎えられたことは本当に嬉しいし、幸せだ。

子育てには大変なこと・悩んでしまうことがたくさんある。でも、娘のちょっとした仕草や笑顔で、全部乗り越えられてしまう。もはや恐ろしいレベル。愛しいって感情ってすごい。

「困難と不幸は違う」この言葉を身を持って感じた。睡眠不足でフラフラだったって私は絶対に幸せだと言い切れる。

その睡眠不足を解決するための断乳。その結果だが、なんと大成功!!これまでのことが嘘かのように、5,6時間まとめて寝てくれるようになったし、夜泣きで起きても、トントンすると数分で再入眠できるようになった。

私は賭けに勝った(笑)久々に5時間まとめて寝ると信じられないくらいに頭がクリアだ。断乳直前の不調は、その最中ではあまり自覚的になれなかった。断乳を終えて1週間ほど経った現在、振り返ってそのギリギリ具合に気づけた。
近くで見守る夫は、いつちゃんと病院に連れて行くべきか悩んでいたらしい。

とにかく寝るってめちゃくちゃ大事。

断乳に成功し浮かれていたところ、娘がちょうど生後12ヶ月最終日にコロナ陽性になった。
やっぱり一つ問題が解決すると、また一つ問題がやってくるのが子育てみたいだ。
(現在娘は熱も下がり、自宅療養中ですが回復傾向です。)

きっと1歳の1年もまた違う悩みにぶち当たるんだろう。というか、睡眠不足が解消しそうというだけで、仕事との両立など解決していない問題もある。
それでも娘の可愛い笑顔でパワーをチャージしながら、夫と協力しつつ乗り越えていこう。2023年は健康で過ごせますように!!

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