読書記録#6
ようやく秋を感じられる気温になってきた。日中はまだ30度近くになるというのに、暑さに慣れた体はおかしくなっていて、そんなうちに急に冬が来る。日本は夏と冬だけになると思う。読書は捗っている。
『屍人荘の殺人』今村昌弘
長い間積んであったミステリ小説。これまでミステリには挑戦したことがなかった。SFやサスペンスともかなり近いジャンルではあるものの、なんとなく避けていた。理由は「殺人事件を、無関係な人間が己の好奇心によって、まるでクイズの問題のように扱うこと」に忌避感があったからである。しかし昨今のSNSや周囲の状況を鑑みるに、もはや人間にエゴでない部分はほとんどなく、いまの世界を純粋に生きるために必要な醜さは受け入れなければならないものだと気づいたので、ひとまず読んでみようと思った。
結果としてはとても面白くハマってしまった。冒頭の人物紹介や部屋の見取り図もうまく使えたし、はじめてのミステリとしてとてもよかったと思う。後述する森博嗣のミステリでも触れるが、自分が一番気になっていたのは殺人の動機なんだと気づけた。読んでいる途中で調べものをすることも、自分の読書スタイルの一助になってうれしかった。
『円 劉慈欣短編集』劉慈欣
『三体』シリーズの著者、劉慈欣の短編集。文庫本の帯に大層なことが書いてあり多少ハードルは高くなっていたが、そのハードルを悠々と超えてきた。テッド・チャンの『あなたの人生の物語』にも比肩するくらいどれもが粒揃いの短編ばかりで圧倒された。特に刺さったのは「地火(じか)」「詩雲」「栄光と夢」。
『ハーモニー』伊藤計劃
あらゆる病気がなくなった世界に生きる三人の少女を巡るお話。『虐殺器官』の未来の話とも捉えられる世界で、人間の意識に関する考え方がとても面白かった。社会に不利益をもたらさない個人の意識があるとしたら、どのようにそれは存在するのか。単に未来のテクノロジーを描写するだけでなく、そこに生きる人間の内側、社会のあり方を描写しているのが「SF(スペキュレイティブ・フィクション)」としての面白さを高めていると感じた。
『息吹』テッド・チャン
テッド・チャンの二冊目の短編集。前作に劣らず宝石箱のように内容の濃い短編がいくつもあって大満足。冒頭の「商人と錬金術師の門」が個人的に一番よかった。どこか「あなたの人生の物語」と通ずるものがある気がした。AIと子育てに関するお話が多かったのも印象的だった。解説でも述べられていたように思うが、文体がガラスのように透き通っていて雑味がなく、とても読みやすくてびっくりする。大森望氏の訳の力もあるだろうけど、名作と呼ばれる古い海外SF小説と比べても格段に読みやすいので、おすすめ。ケン・リュウの『紙の動物園』や『もののあはれ』なども、SFに固いイメージを持っている人にはおすすめの短編集です。
『すべてがFになる』
『冷たい密室と博士たち』
『笑わない数学者』
『詩的私的ジャック』森博嗣
「すべてがFになる」を読みたい本リストに入れていて、ちょうど文庫本のミステリフェアで紹介されていたので購入。まさか全部で十冊もあるとは思わずに手を出してしまったが、噂に違わぬ面白さでどんどん読み進んでいる。二十年前に書かれただけあってさすがに登場する小道具などには古さを感じるが、その内容や思想はほとんど古びておらず、驚いた。名作とはそういうものなのかもしれない。ところどころに挟まる意味のないジョークや主人公犀川の学問的な思考、タイトルやサブタイトルの詩的な良さなど、魅力は数えきれないほどある。もちろんミステリとしての謎も複雑で面白い。特徴的なのは、事件の解決を説明するのは決まって犀川だが、犀川が説明するのはその方法だけで、動機はまったく説明しないところだろう。一応周辺人物がそれらしき動機を説明するが、本当のところは被害者/加害者にしかわからない、という形で終わる。僕はこの終わり方が好きだ。実際の人間に対して誠実な気がする。
『ユリイカ総特集 折坂悠太
「たむけ」「平成」「心理」そして「呪文」へ』青土社☆
シンガーソングライター折坂悠太氏の特集誌。
最近読んだものの中で一番深く刺さっている。
僕の折坂悠太との出会いは、2022年9月15日である。その日は大学の課外活動で、限界集落の町に泊まり込みで、地域の課題を調査しに来ていた。民家をお借りして数人で泊まっていて、ご飯も自分たちで用意してとそれなりに楽しかった。それが何日目なのかは定かではないが、ある朝テレビに折坂悠太氏が「さびしさ」の生演奏で出演していた。なんともいえない表情とその声が妙に印象的で、見ているときから胸がざわざわして、その歌が一日頭から離れなかった。帰ってすぐにSpotifyで氏の音楽を聴き、今に至るまでずっと虜になっている。
その夏が精神的な安定のピークで、冬に向かうにつれ僕はどんどん精神的な危機を迎え、何もできず、音楽も聴けない時期に入っていくのだが、氏の音楽は聴けた。もっぱら坂本龍一のピアノと折坂悠太だけを聞いていたように思う。当時はなぜ聴けるのかわからなかったが、これを読んでその理由が少しわかった気がする。
折坂氏の音楽はいい意味で歌詞が歌詞として頭に入らない。歌詞以前のことばとして、音として、僕のなにかを揺らし、やさしさを起こしてくれる。それでありながら歌詞もすごい。
この本を読んで、詩の素晴らしさを再確認させられた。短歌をはじめてからどのようにことばを選び並べるかを自分で考えるようになって、折坂氏の歌詞はほんとうに、僕の書きあらわしたいベクトルの事象を鋭いことば、刺さる短さで完成させていると気づいてしまった。ただただ感嘆するしかない。すごすぎる。
この本はそんな気づき、魅力をたくさん教えてくれた。氏はとても魅力的でこれからもっと活躍すると思うが、どのように変わっていっても、いつまでも自分の中の特別な場所にあり続けると思う。
他には「失われたものたちの本」ジョン・コナリー/「君たちはどう生きるか」吉野源三郎/「われはロボット」アイザック・アシモフ
などを読んだ。
短歌関係では「海のうた」左右社/「ひとらさい」笹井宏之/「日本の中でたのしく暮らす」永井祐
これらの本も面白かったが特に感想は持てなかった。
最近他人の短歌があまり見られなくなった。巧拙に関わらず、自分が短歌を続けるためにそうしているところがある。理由はよくわからない。たぶんSNSのせい。
引き続き読書する!!
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