吾輩はどうやら・・・・

 猫、らしい。自分のことを「吾輩」と呼ぶのは、同族と閣下くらいだ。
 ・・・・違う。俺は自分のことを「吾輩」とは言わない。

 古びた物置で生まれたらしい。記憶は母親のお乳が欲しくてしょうがないところから始まっている。ように感じる。
 今思えばどこも同じような環境なんだろうが、縄張り争いが激しくて、いつも母親と兄弟達と引っ越ししていた。お隣さんと仲良くお付き合いするのは人間たちくらいで、基本俺らは家族以外は敵同士なのだ。
 そんな雨季真っ盛りのある日、見事に母親と逸れた。。。

 一人・・・ 一人(?)ずつ連れていくから、大人しく待つように言われたはずなんだが、いつも留守がちな母親と離れるのが嫌で、思わず後を追ってしまった。母親は2番目の兄貴を運びながら、颯爽とどこかに消えていった。一生懸命追いかけたけど、続くことは叶わなかった。

 人間の巣のだいたいどこにでもある、白くて風が吹く箱の下で、俺はずっと腹が減ったと叫んでいた。叫んでいれば、母親が迎えに来ると思っていた。が・・・・。
 “お迎え”に来たのはなんと1m級の巨人だった。白い箱が建っている地面にこめかみを押し付け、空腹を叫んでいた俺を見つけた巨人はすぐ、「お父さ~~ん!」と吠えた。続けて、「猫!ここにいる!」と吠えたてる。その声量とこちらを見る目の輝きは、間違いなく俺を食おうと考えていると思った。

 捕獲のために差し出された巨人の“前足”が恐怖すぎて、たまらずそこから逃げ出した。その1m級巨人が住む「巣」から隣地までの段差が約30cm。今まで登ったことがない段差だったが命がかかっているため登れません!なんて言ってられない。必死に逃げた。それでも爛々と目を光らせた巨人はえげつない速さで追いかけてくる。
 お隣に建つ別の人間の巣を2周ほど回り、空腹と肌寒さで絶望しかけた時、先ほどのキンキン声とは別の、野太い咆哮が周囲に響いた。
 「追うな!!」
 後に、俺が厄介になるその巣のボスの声だった。

 あれほど喜々爛々と俺を追い回していた1m級の巨人は、スイッチが切れたかのように動きが止まり、時折こちらを振り返りながら元の巣へ戻っていく。「捕まったら絶対に焼かれるか煮込まれる」と慄いた恐怖の時間は終わり、巨人の姿が見えなくなったことで今すぐ食われることはなくなった安堵感が一気に広がっていく。
 が、依然として空腹と寒さは容赦なく襲い掛かってきた。

 帰る道もわからない俺は、とりあえず元の白い箱の下へ戻り、母親の恋しさと空腹の辛さ、コンクリートの角では耐えきれない寒さでまた、鳴いた。というか泣いた。

 母親のお迎えという希望を捨てきれず、とりあえず鳴き続けていると、そこの巣の入り口が開く音がした。近づく足音に恐怖を感じながら息を潜めていると、別の巨人がこちらを覗いた。しばらく俺を眺めていた巨人が吠える。
 「ちょっと待ってろ。」
 声の主は、この巣のボスだと瞬時にわかった。

 足音が遠ざかってどのくらい経っただろう。相変わらず鳴いては黙り、また思い出して泣いては溜息をつくを繰り返していた時、また足音が近づいてきた。覗き込んできたのは、ボスだった。

 ボスはおもむろにポケットから厚みの薄い金属の筒を出し、カパっという音を立てて蓋を開けた。白色のプラスチック製のスプーンで何度も捏ねた後、少しだけ筒の中身をすくい上げて俺の鼻先へ運んできた。
 途端、あきらかに、そしてかなりいい匂いが目の前に広がった。
 間違いない。これは絶対に食い物だ。
 そう思うと同時にむさぼりついた。今まで食べたことがないおいしさで、夢中で与えられるがまま食べていると、いつのまにか白い箱の下から外へ出てしまっていた。と、思った瞬間、やられた。

 首の後ろを挟み込まれると、どうも力が入らない。力が入らないくせに、後ろ足だけはなぜか自然に上げてしまう。なぜそうなるのかはわからない。
 首の後ろを掴まれた瞬間、もうこれで終わったと思った。最後にうまいものを食わせてくれた感謝の念すら湧いてきた。
 ボスは首後ろから掴み上げられた俺を顔の近くまで寄せると、「汚ぇな。」と言って少し笑った。

 【次回へと続く・・・気がする】