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母と二人で熱海旅行をし、ホテルで『天使にラブソングを』を観た話

母と二人で、初めてのふたり旅をしてきた。行き先は、熱海。
熱海は観光地で、非日常的で、けれど箱根とも草津とも違う、ゆるやかな雰囲気をまとっている。一度元カレと行ったことがあるので、よく知ってるのだ。「いつもと違う場所に行きたいわあ」という母と「ゆっくりしたいよねえ」というわたしのニーズが一致した。

大きな皿いっぱいに盛られた金目鯛の煮付けに歓喜し、採算が取れているのか不安になるようなお刺身の盛り合わせに目を丸くする。まんじゅうがふかされ、蒸気が左右からモワモワとあがっている温泉街、その中をジグザグと散策する。特に目的のない旅なので、とっととホテルにチェックインして、ベッドで各々身体を横たえたりする。

わたしはわたしで、普段の慌ただしい東京暮らしからは考えもつかないほど身も心も休めることができたし、母は母で、自分でお金を出せるほど大きくなった娘と二人で旅するということが喜ばしかったらしい。

終始二人で「うへへ」とか「美味しいねえ、楽しいねえ」とかいいながら、たくさん食べて、たくさん話して、湯船に浸かってふやふやになった。

1日目の夜、それぞれやりたいことをやって、ほかほかで布団に寝転がっていたところ、母が明日の天気予報を知りたいとテレビをつけた。ちょうどその時間は金曜ロードショーが始まるタイミングで、たまたまこの日は『天使にラブソングを』をやっていた。母は「これ一緒に見ない?」と誘ってきた。昔から大好きなのだと言う。初めて知った。

わたしは『天使にラブソングを』を観たことがないどころか、そもそも映画自体に触れることがあまりない。それは映画が嫌いだというわけではなくて、単に2時間以上のまとまった時間を確保することが困難だったから、というだけだった。

テレビ近くの常夜灯だけを灯し、映画館みたいな雰囲気をつくって、二人それぞれのベットでテレビを見つめる。映画に登場するシスターたちは、ふらふらと深夜のクラブに行っちゃうくらいには、どこか俗っぽい。けれどそんな彼女たちが改めて愛を語り、また愛に突き動かされて行動するとき、そこには羨ましくなるほどの真実味があった。

「これを観て、ゴスペルとかやってみてもいいかなあって思ったこともあるの」と母が言った。意外だった。シスターがゴスペル。そして、母がゴスペル。同じくらい突拍子もなくて、にんまりしてしまう。突拍子のないものは好きだ。だいたいそこには、誰かの「理屈じゃ説明のつかない衝動」が垣間見えるから。

2時間くらいの映画鑑賞タイムはあっという間に過ぎ去った。9時頃には寝ようかね、なんて話していたのに、気づけば日付を超える手前だった。

母は「ゆりと熱海に来て、一緒に天使にラブソングを見たこと、多分ずっと忘れないだろうな」と言った。なんだか改めて告白をされたようで、無性に照れ臭い。「わたしもだよ」と返すと、母は返事なのかなんなのか分からないような感じで「うんん」と言って、その後すうすうと寝息を立てはじめた。

『天使にラブソングを』は、来週2作目が同じ金曜ロードショーで放映されるらしい。それも見ようね、という話をしながら、母とともにいた。

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