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公認会計士試験「合格率」を検証する(1/4)

※本記事は大半を2021年10月に作成したため、検証に2020年度の数値を使っている。リンク先の内容も2021年10月に確認したものである。2021年11月の合格発表後に2021年度の数値が入手可能となっているが、大きな状況変化はない(記事公開時点でも、提案した「考えの筋」は有用であり、結論の妥当性も変わらない)と判断している。

※本記事の見解は全て作成者個人のものであり、作成者の過去・現在・将来の所属組織とは関係がない。


1.はじめに

公認会計士試験の予備校として近年勢いがあるCPA会計学院(以下、CPA)は、2020年度の「合格率」(37.1%)が、「平均合格率」(10.1%)よりも大幅に高いと謳っている。TACも「合格率」に似た指標を広告に使っているが、それを「平均合格率」と比較して強調するのは三大予備校の中でもCPAだけである。CPAは、この「合格率」と「平均合格率」との比較を、少なくともこの数年間、継続して宣伝の柱に据えている。

CPAの「合格率」は、会計士予備校を比較する記事や動画等ではほぼ必ず取り上げられており、概ねCPAの質の高さを示す証拠として受け入れられている(その象徴となっている感すらある)。

果たしてその通りだろうか。37.1%という「合格率」は、本当にCPAの質の高さを示す証拠といえるのか?これまでも「合格率」の証拠力を疑う意見はあった(CPAの受講生構成が偏っていることを指摘するもの、分母の定義が恣意的だと批判するもの、「予備校のHPの『合格率』の数字には恣意性がある」として、指標の紹介をあえて控えたものなど)が、管見の限り、具体的な検証は行われていないようである。本記事は、将来の受験生のために、(1)限られたデータから「合格率」と「予備校の質」との関係について「考える筋」を提案すること、(2)それを用いて具体的な検証を行い、一定の結論を得ること、を目的とする。


本記事の結論は以下の通りである。前提の異なる「合格率」と「平均合格率」を直接比較しても意味はない。意味のある比較となるように「予備校の質」以外の主な要素(年齢、学習進捗度、地頭、加えて受験生の移籍)をコントロールしてみると、37.1%は取り立てて高いとは言えず、CPAの質の高さを示す証拠とはいえない(むしろ一定の仮定下では、CPAの「合格率」は他予備校より低いことを示唆する推定結果もある)。つまり、三大予備校のうち、特定の予備校がより優れていることを示す証拠は、現時点で存在しないといってよい。

直接比較しても意味の無い数値同士を(そうと知りつつ?)並置して受験生の誤認を誘い、その意思決定に影響を与えようとするのは、企業としてのモラルが高いとはいえない行為のように思われる。指標の使用が悪意ではない(「合格率」に証明力が乏しいと認識していない)可能性もあるが、それはそれで予備校としての分析能力を疑わせる材料になる。

本記事は、特定の予備校にコミットする、または敵意を持つものではない。各校が競争しつつ、全体として受験生の享受できるサービスの質が上がっていけば良いと考えている(ただし、特定の予備校が市場を独占するような状態は、レントを享受できる当該予備校関係者にとっては格別、受験生全体にとっては一般に望ましくないだろう)。しかし、その競争は健全なものであって欲しいと願っている。良く知られているように、多数派の予備校には「サービスの質」とは関係ないプレミアム(予備校についての細かい情報を全く持たない入門者に「多数派」であるというシグナルで選ばれやすくなる、等)が付随するので、営利企業が(多少汚い手を使っても)そのポジションを取りに行きたくなる心情は理解できる。しかし、不健全な広告は競争を歪め、最終的には受験生に悪影響を及ぼすので、止めてほしい。


本記事の進行は以下の通りである。最初に「合格率」的な指標(定義は追って議論する)に影響すると考えられる主な要因を挙げ、各々のインパクトについて、2020年度データで検証していく。同時に、「合格率」(的な指標)を直接算定できるパラメータと計算式を示し、諸要因がパラメータをどのように変化させるか、という形で議論を整理する。その過程では、検証上必要な諸仮定をできる限り明示する。最後に結論を再度要約し、本記事の限界と意義について論じる。


2.合格可能性に影響を与える要因

まず、CPAによる「合格率」と「平均合格率」の定義を確認する。おおざっぱに紹介すると、「合格率」とは、合格者数(「カリキュラム修了者」のうち論文試験に合格した者)を「カリキュラム修了者」の数で割った値のことである。「カリキュラム修了者」は、本科コースを受講し、かつ、短答模試または論文模試を受けた者、とされている。一方「平均合格率」は、論文試験合格者数を願書提出者数全体で割った値を指す。

個人の合格可能性を被説明変数としたときに、有意な説明変数は何かを考えよう。ある人が会計士試験に申し込んだとき、その人が試験に合格するかどうか予測するのに役に立つ主な要因は何だろうか?

概ね、(1)年齢、(2)学習進捗度、(3)地頭、(4)所属予備校、が挙げられるだろう。予備校が宣伝したいのは(4)の効果だろうが、単に自校の「合格率」が高い!と主張しても、他要因が統制されていなければ、(4)の効果の証拠にはならない。CPAは最近まで横浜日吉校と新宿早稲田校の2校舎のみで営業しており、要は慶應大生と早大生を主要な顧客としていた。2021年10月現在でも、(オンラインに加え)5校舎のみで営業している。つまり、CPAの「合格率」が高いのは予備校の質とは関係が無く、(1)若くて(3)地頭が良い受験生を多く抱えているから当たり前だ、という当然予想される反論を潰す必要がある。

さらに(2)も無視できない。CPA「合格率」の分母は模試まで受けるような相当に学習の進んだ受験生だが、「平均合格率」の分母である願書提出者は学習が進んだ者とは限らないからである。特に会計士試験においては「欠席者」と「お試し受験生(記念受験生)」を考慮しなくてはならない。短答試験は通常年2回行われるが、各回、短答受験のため願書を提出した者の25%弱が欠席する(名寄せ後の欠席率については後述する)。また論文試験でも、論文受験資格者のうち10%強が欠席している。欠席の主な理由は、勉強が間に合わなかったため、と考えて良いだろう。また、試験は受けるが学習が進んでいない者(お試し受験生)も相当数いると言われており、それを奨励する予備校関係者もいる。お試し受験生や(短答)欠席者は目標年度コースでなかったり模試を受けなかったりするだろうから、「平均合格率」の分母には含まれるがCPA「合格率」の分母に含まれない。従って「合格率」を「平均合格率」よりも大きく見せかける要因となる。

つまり、「平均合格率」とCPAの「合格率」との比較は、数値に影響を与える主要因が統制されていないので、それだけでは予備校の質について意味のある推論を行えず、無意味である。とはいえ、「合格率」は「平均合格率」の4倍近くとその差が大きく見えることは確かであり、情報の受け手が、以上挙げた要因を考慮しても(4)の効果が残る(CPAは他の予備校より優れている!)のでは、という印象を抱いても不思議ではない。

そこで本記事では、上に挙げた主要因について、入手可能なデータを用いて順に検証する。使用するデータは令和2年度(2020年度)試験のものに限定し、複数年のデータを用いた検証は行わない。


(少し寄り道になるが、合格を規定する要因という観点から、「勉強法」を強調する立場に言及しておく。

「勉強法」の効果を強調する論者は多い。例えば、あるNote記事は、地頭・努力量・勉強法のうち勉強法が公認会計士試験パフォーマンスの5割を規定すると主張する。しかし、5割という数字は完全な印象論であり、データを用いた検証はおろか、数字を導く一応のロジックすら示されない。また、学歴の差を地頭ではなく「勉強法」の差に読み替える記事もあるが、こちらも規定力の大小についてロジック・証拠に乏しい。なお、どちらも「勉強法」コンテンツを収益化している論者であり、勉強法の効果を強調する個人的動機を持つことに留意すべきだろう。

本記事では、勉強法を「合格率」の説明要因としては重視しない。それは、以下のように考えるからである。

(1)一定の学問的証拠もある少数の基本的な勉強法(「アウトプットを重視する」「忘却曲線を意識して復習する」等)はどこの予備校も強調しているので、重要ではあるが、受験生間で差があまり付かない。

(2)「基本」以外の勉強法は、ある人に効果的な方法が別人には逆効果になるなど個々人の好み・学習段階等の個別事情による部分が極めて大きく、一般化が難しい。

(3)証拠に乏しい。「おすすめの勉強法」のほとんどが、論者の個人的体験(アネクドート)を、多数にも当てはまるかのように誇張(overgeneralize)したものに過ぎない。アネクドートを超えた証拠(例えば、テキストを断裁する学生としない学生の成績を比較した実証分析など)が示されることはほとんどない。

(4)特定の状況下で、特定個人にとって、特定の勉強法がより効果的だとしても、そのインパクト(合格率への影響力)はおそらく大して大きくない。

(5)検証に組み込もうとしても、「勉強法」の適切な代理変数(proxy)を探すことが極めて困難である。

「勉強法」がこのような特徴を持つものだとすると、「東大生」「ダブルライセンス」「上位合格」等の論者属性は、「良い勉強法」のシグナルとして特に役立たない。情報の受け手は、彼ら・彼女らの勉強法だからといって、「参考にする」以上に特段有難がる理由はない。また勉強法を発信する側は、自身の属性という「権威」に頼って相手を説得しようとせず、客観的な証拠により説得力を高める努力をすべき、もしくはあくまで個人例として参考に留めて欲しいと強調しつつ紹介すべき、ということになろう。

例えば、本記事の作成者はテキストを断裁しようとは思わないし、テキストに蛍光ペン赤ペンも使わない。それぞれに自分なりの理由があるので、その気になれば「この勉強法で合格できた!」等の記事に仕立てられる。そうしないのは、そのような議論に(断裁等を勧める議論と同様に)一般性・説得力が乏しく、読者に対して不誠実だと考えるからである。)


(続きます。)


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