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会計×韓国!

 みなさん、初めまして!「はちけん」と申します。コロナ発生後に簿記の勉強を始め、現在は監査法人で働いています。来年、公認会計士の修了考査を受験予定です。
 本記事は、blanknoteさん企画の「会計系 Advent Calendar 2023」に参加して書いたものです。エントリしている他の皆様に比べて会計に触れている期間も短いですが、今回はそれを逆に活かして、蓄積が浅い時期ならではの素朴な意見を言語化してみよう、と思い立ちました。
 題材は、韓国を選びました。韓国の会計周りを体系的に紹介するというより、韓国のエピソードをダシとして、こんな視点を持つと会計周りの経験・知識を積んでいくのがヨリ面白くなるのでは、という冒険的な提案をしてみたいと考えています。
 会計士受験生や年次の近い方々に「あるある」と共感してもらい、先輩方の胸を少しでもザワつかせられれば、記事としては目的達成です。

 それでは、よろしくお願いします!


 会計士試験の勉強をしていて、「理論」の暗記を、日本基準擁護者の理屈を押し付けられているようで物足りなく感じたことはないだろうか?また先輩との雑談やSNS(時には学者の書も含む)で、現行の○○はダメだ、○○に変えるべきだ、といった主張を聞いて、表面的で根拠が弱いと感じたことはないだろうか?それらを軽口と受け流しつつも、自分で意見を出すならどう筋道を立てて考えたら良いのかよく分からない、と悩んだ経験はないだろうか?もしくは、試験勉強で日本基準とIFRS(と米国基準)しか出てこないことから、今後の会計の選択肢がこれらの基準間の争いに絞られている、という印象を抱いてはいないだろうか?

 本記事では、韓国のエピソードを使って、これらの悩みに対して以下のように応える。以前から言われているように(徳賀2000、杉本2008)、会計周りの制度設計は、会計基準だけでなく周辺諸制度・環境要因(少なくとも会社制度、税法、経済発展度等)との組み合わせを含めて考える必要がある。会計基準だけでも、国内複数基準の使い分けや法定監査の範囲など、選択肢は結構幅広い(*1)。IFRS採用国間ですら国内制度設計にはかなりの幅があり、実験的な監査制度が導入されていたりもする。歴史的経緯も含めた基準や制度の多様性を知り、消化することで、安易な日本基準批判や、逆に安易な日本基準擁護から距離を取り、ヨリ地味だが納得感のある理解・提言を、会計専門家として持つことができる。

 それでは、韓国の会計周りを、実際に覗いてみよう。(以下、主に龍家1968、高1986、権1989、李1994、徳賀2001a-c、杉本2012、姜2015を参考にした。)

■駆け足の韓国会計史

 歴史的経緯を概観すると、まず1958年に「企業会計原則」が公表され、その後周辺制度の整備が進んだ。商法・証券取引法はいずれも1962年制定であり、証券取引法の1963年改正では上場会社に対する外部監査制度が導入された。さらに1968年には資本市場育成法、1972年には企業公開促進法が制定された。「上場法人等の財務諸表に関する規程」が1975年に制定され、企業会計原則との「二元化」が生じたが、1982年12月に「企業会計基準」が制定されることで二元化は解消した。この間、政治体制は李承晩の第一共和国(~1960年)から民主制期を挟んで朴正煕の統治(~79年)、粛軍クーデタを経て全斗煥の統治と、目まぐるしく変わっている。
 その後、企業会計基準は90年代まで数次の改正を繰り返したが、97年のアジア通貨危機が次の画期となった。コンディショナリティ(IMF・世界銀行からの融資条件)のうち、企業セクター構造改革の中心的課題の一つとして会計制度改革が挙げられていた。韓国政府は、韓国会計基準審議会(KASB)設立など基準設定プロセスの整備とともに多くの基準改正を進めたが、「コリア・ディスカウント」が囁かれるなど必ずしも十分な成果とは評価されなかった。その後、2007年に至って「IFRS導入のロードマップ」を発表し、2011年からのIFRS全面導入を表明した。現在、上場会社はK-IFRSが強制適用、非上場会社はK-IFRSとK-GAAPとの選択適用となっている。

それでは、つまみ食い的にいくつかのトピックを詳しく見てみる。

■IFRS導入時の「重要論点」が日本と違う

 IFRS導入にあたって韓国で主に議論となったのは、有形固定資産の公正価値評価、連結導入、減価償却、機能通貨の導入、及び外貨換算に係るヘッジ会計などだった。このうち外貨換算について説明すると、主要産業のひとつである造船業界では外貨(ドルやユーロ)建の契約が多く、為替予約等でヘッジしていた。しかしウォンが不安定なこともあり、IFRS導入によって多額の為替差損計上を強いられたり、経営分析指標が悪化することを懸念していた。この問題に関しては、IFRSに対して「リンクド・プレゼンテーション」と呼ばれる独自の表示方法を提案したほどだった。一方、日本で常に話題となるのれん償却は、ほとんど話題になっていない(国内研究者からの理論的異議申し立てもほとんどない)。
 このように、基準選択をめぐる論点の重要度は必ずしも抽象的・純理論的に決まるものではなく、各国の事情(利害等)によっても大きく影響を受ける。

■韓国では「連結財務諸表」導入で連結会社数が減った

 韓国では長く、上場会社にとっても主要財務諸表が「個別」のままだった。連結基準自体は80年代から整備されていたのだが、定着が遅れた理由のひとつとして、「財閥」と呼ばれていた韓国の企業構造を前提とすると、いわゆる支配力基準に従って連結財務諸表を作成しても、必ずしも利用者にとって有用なものにはならなかった点が挙げられている。複雑な株式持ち合いがあり、またオーナーやその親族所有の別会社等も含めて一体として企業グループが形成されていたため、連結基準ではその全体を捉えられなかった。
 そのため、80年代から議論があり、アジア通貨危機後に導入されたのが「企業集団結合財務諸表」である(ただし、結合財務諸表のアイデア自体は韓国由来ではない)。これは、公正取引法で指定される大規模企業集団に「結合財務諸表」の作成を要求する制度だった。そのため、通常の支配力基準に基づく連結を要求するIFRS導入によって、連結対象が減少する、というケースが生じたのである。
 これ以上詳細には立ち入らないが、ある会計基準を適用した場合に望ましい結果が得られるには一定の社会・経済構造を暗黙の前提とすること、また会計制度を考える際に、狭義の会計制度だけでなく、異なる立法目的を持つ法律も重要な要素となる場合もある、と言えるのではないか。
(別の例として、これは連結と関係ないが、韓国では2000年まで「資産再評価法」が存在した。取得原価主義に反するとして批判を受けていたが、一方で、インフレに一定程度対応する機能を果たしていたともされる。これも、特定状況下で基準が果たす役割は諸条件を広く勘案して判断すべきことを示す例といえる。)

■日本基準からの分岐は、かなり早くから生じていた

 1958年の「企業会計原則」は日本のそれと同一ではないものの(例えば、基本原則の数が違う)、内容は非常に似ていると評価されている。しかし、韓国はかなり早くから米国基準や米国での議論をベンチマークしており、新しい動向を積極的に取り入れていた。
 例えば1982年制定の「企業会計基準」では、当時の日本基準には無かった、運転資本の増減明細を示す「財政状態変動表」が基本財務諸表のひとつとして取り入れられた。また商法上の貸借対照表や損益計算書にも、比較情報を要求している(なお、当期が左列、前期が右列である)。キャッシュ・フロー計算書も、日本(2000年)よりも早く、1994年改正で導入された。
 ただし、米国基準を無条件に受け容れていたわけでもない。日本と同じ確定決算主義、商法上監査役設置(*2)など似た制度配置のもとで、同じ基準から出発しながら、IFRS導入前までに、韓国は既にかなり異なった展開を見せていたといえる。

■監査回りの制度もけっこう日本と違う

 詳しく紹介できないが、監査に関する制度・慣行も、いろいろと日本と違う点がある。また会計基準よりも国際的な縛りが緩い分、実験的な試みもある。例えば、2017年には、監査人の独立性を高めるための制度として、一定の場合に当局が特定の監査人を3年間指定する「周期的指定監査制度」が導入されている。別のアネクドートとして、1970年代の韓国監査人は、無視できない割合の限定付意見を出していた。例えば上場会社中、1974年度には82%、1980年度には39%、1983年度にも16%が限定付意見表明を受けたという(姜2015)。日本では考えられないが、監査に対する社会的期待のあり方として、興味深い。

 以上、駆け足でいくつかの論点を見てきた。エキゾチックな風景だけでも、楽しんでもらえたことを願う。


脚注

*1:例えば、監査が強制される会社の範囲は国により結構違う。また中小企業会計は、IFRSでも会計学業界でもホットトピックの一つになっている(河﨑編2019、弥永2022参照)。
*2:韓国語では監査役は「監事감사」という。会社機関として監査役を置く法域は限られる。ちなみに取締役は「理事이사」であり、取締役会は「理事会이사회」と呼ばれる。



参考文献

李瓊球、1994。『日・韓会計制度の比較―会計情報の有用性定立―』(東京、創成社)。
河﨑照行編、2019。『会計制度のパラダイムシフト―経済社会の変化が与える影響』(東京、中央経済社)。
姜周亨、2015。「制度派理論による会計制度の形成と変遷過程の分析:企業会計制度と税務会計制度を中心に」京都大学博士学位論文(経済学)。
権泰殷、1989。『韓国会計制度論―会計基準の継受に関する研究―』(東京、同文舘出版)。
高承禧、1986。『韓国会計原則の展開』(ソウル、檀大出版部)。
杉本徳栄、2008。『国際会計(改訂版)』(東京、同文舘出版)。
杉本徳栄、2012。「検証IFRS 韓国・究極のフルアドプションの規制と実態」(第1回~第7回)『経営財務』3049, 3054, 3058, 3064, 3065, 3071, 3078。
徳賀芳弘、2000。『国際会計論―相違と調和―』(東京、中央経済社)。
徳賀芳弘、2001a。「韓国の会計制度改革―官主導から民主同への転換―」『商経論叢』36(4): 129-155。
徳賀芳弘、2001b。「韓国における会計制度改革とその背景」『韓国経済研究』1(1): 7-27。
徳賀芳弘、2001c。「韓国における金融危機と会計制度改革」『経営研究』51(4): 21-41。
弥永真生、2022。『中小企業会計とその保証』(東京、中央経済社)。
龍家勇一郎、1968。『韓国における経済の現状と企業会計制度』(長崎、長崎大学東南アジア研究所)。


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