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爪の手術までの経過

昨年末に自分の左中指の爪の手術をしてもらいました。
そのことについて、自分が普段診察している分野の患者になったことによってたくさんの気づきがあったので、noteに書き留めさせてもらいます。
今回は全然エビデンスベースとかではなく、雑多な気づきになりますが、ご興味がある方はご一読いただければと思います。

爪って皮膚?

患者さんによく爪のことって皮膚科で相談していいんですか?と聞かれることもありますが、爪は皮膚の付属器の一つであり、皮膚科医はきちんと爪の勉強もしていますので、皮膚科で相談いただいて大丈夫です。
私の爪の状態がどうだったか説明するには、爪の構造の簡単な説明が必要になるので、説明させていただきます。

爪の模式図はちょっと自分で描くのが難しかったので、こちらのサイトの絵が専門的すぎず、簡潔でみやすいかと思います。

皆さんが爪と呼んでいる部分は医学的には爪甲と呼ぶ部分になります。その中枢側(体の中心に近い方)に爪上皮があり、爪甲が皮膚の下に入り込んで爪母部分を形成しています。この爪母で爪甲が作られて末梢側(体の中心から離れていく方)に押しやられていって伸びていくので、爪母部分に何か病変があると、爪の変形だったり、色素がついたりというのが、その末梢に連続して出てきます。


私の爪の経過


30代になったばかりの頃に、左中指に縦に線条(線のような筋や溝のことを線条と呼びます。)が入っているのに気づきました。爪母から連続的に溝が末梢まで伸びていました。痛みや痒みの自覚症状はなく、爪上皮付近の湿疹などもありませんでした。なんだろうと思って、とりあえず、すぐにできる検査である真菌検鏡(病変部分を擦って、角質をとってそれをKOH溶液で溶かして、糸状菌が見えるか顕微鏡で確認する検査)を行いました。陰性でした。まあ確かに臨床的に真菌感染ではないなと思いつつ、いつも患者さんにするように、陰性確認のあと、一番強いステロイドを爪上皮付近に塗って再度真菌検鏡を行いましたが、やはり陰性でした。そしてステロイド塗っても全く改善の兆しはありませんでした。

これは爪母付近に何か腫瘍のようなものがあって、圧迫して変形しているのだろうな、爪母部分にできやすい後天性被角線維腫が一番頻度的に考えられるかなと思って経過を見ていました。

30代半ばに差し掛かった頃、主人のアメリカ留学に1年ついていくことになり、その間日本ほど医療へのアクセスは良くない状態になります。加入する医療保険も1年の留学を見越して入る程度なので、何かあっても全額は出ないし、向こうは医療費が高いので気になることは解決しておいてねと主人に言われ、確かにと思い、爪の病変のことを考えました。この頃から変形だけでなく、黒色線条(黒い筋)が出てきていました。

皮膚科医的に爪の黒色線条というと、鑑別に上げなければいけないのは悪性黒色腫です。頻度的には少なく、結局はほくろだったり、加齢性の変化だったり、真菌によるものだったり(これは前述のように検査で否定しています)ということがほとんどなのですが、鑑別に考える疾患が悪性腫瘍であれば、慎重に考える必要があります。
せっかく周りにも皮膚科医がたくさんいるので(当時大学病院勤務でした)、手術班のトップの先生にも相談してみました。

「変形から起きているから、爪母に病変が何かあるんだろうね。
しかし取ってしまうと爪がなくなるから、30代の女性の爪がなくなるような処置を僕は勧めきれないなぁ」とのことでした。
悪いものでないか調べるには、爪母ごと取らないと病理検査というものに出して診断することができないのです。爪母ごと取るということは、爪が生えなくなります。さらに悪性黒色腫を鑑別診断に入れる場合は、病変の一部を切り取ることは、万が一悪性黒色腫だった場合、転移を促進させてしまう可能性があるため、一部生検は避けて、全摘生検をしなければなりません。
爪がなくなることを承知でも調べなければいけないほどの病変かを見極めるのが、皮膚科医の仕事ということになりますね。
ということは、皮膚科医として自分で経過を見て、その必要な時期というものを自分で判断しないといけないなと思いました。より怪しいと感じた時に腹をくくるしかないかと考え、経過観察としました。

その後、アメリカ留学から1年で帰ってきて、市中病院でフルタイムで働いたり、3人目が生まれたり、自分の開業があったり、長女の受験があったりとバタバタな日々だったので、あまり考える余裕なく過ごしていました。

これらのバタバタが落ち着いた、去年の秋ころにふとお風呂で自分の中指を見て、以前より変形の範囲が拡大していることと、濃くなったなことに気づきました。指が濡れた状態だと、乱反射がなくなるのか、色が乾燥時よりしっかり見えているようにも感じました。30代半ばに他の先生に相談する際に通常の写真とダーモスコピー(黒色の病変などをしっかり見るために拡大して見る虫眼鏡のようなもの)写真も残していたので、比べてみてもやはり濃くなっていました。
これが自分の指でなく、患者さんの指で、このような経過で診察に来られたら私はどうするだろうとふと考えました。これは、大きい病院に紹介するだろうなと思いました。そう思うと、今なら手術できるタイミングでもあるし、今後このことで万が一悪性であった場合、自分は皮膚科医なのに手術を早くしなかったことを後悔するだろうなと思いました。そしてこれだけ経過を見てきて今こういう結論になったのなら、もう爪が生えてこなくなっても自分で十分納得できると思いました。
それで、同僚や先輩にもう一度相談してみて、手術に踏み切りました。

ここまでの過程での自分の気づきとして、経過をこれだけ自分で見ていても手術に踏み切るには、今の自分の状況(手術しても日常生活だったり、仕事に支障がないか)が落ち着いていないと腰をあげれなかったんだなと思いました。

医師側として、きちんと今の状況を説明して、理解してもらって、その上で選択してもらうことの重要さを実感したような気がします。ただ選択肢を並べただけでは、迷う患者さんが多いことも実感としてあるので、そこはきちんと医学、科学に基づいた判断、説明をした上で、どうしたいか、どういう思いがあるかというのをお聞きするのは手術などを考えなければいけない患者さんとのお話では心がけています。ただ手術に限らず、普通の診察においてもこういうことはあるだろうなと思うので、よりエビデンス(科学的根拠)とナラティブ(個々の患者さんにあった選択をすること)をうまく使い分け、併用しながら診察していきたいなと感じました。

長くなりましたので、今回はこの手術に至るまでの私の思考の軌跡を書かせていただきました。
また後日、手術時、術後の気づきもお話しさせて頂こうと思います。



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