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「星降る町の物語」16章 理由

不思議な風琴弾きがいざなう『ほんとう』を探す旅。 まるで童話の舞台のような、美しいレンガ造りの町に隠された『秘密』とは? 本が大好きな主人公・アイリスと一緒に、少しだけ冒険してみませんか? 第1話はこちら

 アイリスは、食人花の幹に短剣を突き立てました。
「イフェイオンを放しなさい!」
 しかし食人花は、イフェイオンを放そうとはしません。

「アイリス、危ない!」
 イフェイオンの声と同時に、鞭のようにしなるツルが飛んできます。
 棘だらけのツルが、うるさそうにアイリスをなぎ払いました。

「きゃあ!」

 アイリスは、木に叩きつけられて倒れました。
 頭の奥がじーんとして、全身がズキズキと痛みます。

「アイリス、アイリス!」
 薄れていく意識の中で、イフェイオンが自分の名前を呼ぶ声だけが聞こえます。

 イフェイオンの夢見るような美しい微笑が頭に浮かび、それから、リリオの悲しそうな顔が浮かんできました。
 パン屋のおじさんのこと、クラスメートたちのこと……次々にこの町の思い出が頭をよぎっては消えていきます。

(あぁ、私、死んじゃうのかな……)

「大丈夫、大丈夫。僕はアイリスを信じているよ」
 その言葉で道を示してくれたヘスペランサのこと。

「自分を信じろ!」
「今度は、俺が助けるから」
 そう言ってアイリスを守ってくれた、優しい金色の瞳の『黒猫』、リューのこと。

(リュー……)

 思い出したのは、ふたりで食べた夕食のこと。
 いつも飄々とした様子の彼が一度だけ見せた素顔でした。

「こんなに楽しかったの、俺、初めてだったんだよ」
 少し照れたような笑顔が、まぶたの裏に蘇ってきます。

 アイリスを逃がすために、自ら囮になってくれたリュー。その後、彼はどうなったのでしょう。
 無事にリリオから逃げられたのでしょうか。それとも、捕まってしまったのでしょうか。

(そうだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。無事に再会するって決めたんだもの!)

 アイリスは、歯を食いしばって立ち上がりました。

 イフェイオンを捕まえているツルに、何度も短剣を突き立てます。
 どんなに力を込めても、かたいツルの表面にキズをつけるくらいでしたが、アイリスは諦めません。

 そんなアイリスを、さすがにうっとおしく感じたのでしょうか。再び、ツルがうなりをあげて飛んできます。

 強い衝撃が体をつらぬいて、アイリスは吹き飛ばされました。悲鳴を上げる暇さえありません。
 なんとか両腕で体を起こします。口の中から、ざらざらとしたねばっこい味がします。

「く……っ」

 赤い血が、ぽた、ぽた、と地面に落ちていきます。
 それでもアイリスは立ち上がりました。

「アイリス、逃げて」
 イフェイオンはツタに締め上げられながらも、落ち着いた声で言いました。

「だめ、絶対に助けるんだから……!」
 アイリスは震える手で、また剣を構えます。

「アイリス、君まで殺されてしまうよ。僕が捕まっている間に、逃げて」

 ツタが風を切って、またアイリスを襲います。
 よけることもできずにアイリスは倒れ、またよろよろと起き上がります。

「どうして? はやく逃げて!」

「『どうして?』ですって? そんなの決まってるじゃない、あなたを助けたいの! 友達を助けるのにはね、理由なんていらないのよ!」

 アイリスの言葉に、イフェイオンはハッと息を飲みました。

 アイリスは果敢に食人花に近づいていくと、剣を握り直しました。
「いい加減にしなさいよ! イフェイオンを放して!」

「アイリス! 僕の手に、剣を!」
 イフェイオンが叫びました。

 アイリスはイフェイオンを見上げて、気づきました。
 その表情が、これまでと明らかに違うということに。

 どうしたのでしょう。今のイフェイオンは、夢の中にいるようなふわふわした顔ではありません。どこか頼もしいような、りりしいような表情に見えるのです。

 アイリスは、差し出されたイフェイオンの左手に短剣を握らせました。

 次の瞬間。
 ひゅっと風を切るような音がしました。
 それと同時に、イフェイオンを捕らえていたツルは、たった一太刀で切り裂かれていました。

 イフェイオンはすとんと地面に降りると、すばやく間合いを詰め、剣を横へと払います。

 食人花は幹を切り倒され、地響きと共に倒れました。
 その枝や幹が、みるみるうちに枯れていきます。

(すごい。このひとは本当に伝説の剣士なんだわ)
 あまりに鮮やかな剣さばきを見て、アイリスはそう確信していました。

 倒した食人花には目もくれず、イフェイオンがアイリスに駆け寄ります。
「アイリス、大丈夫?!」

 アイリスは、ひどいケガをしていました。
 ひとりで立ち上がることさえできません。

「ごめん、アイリス。僕がもっと早く、あいつを倒していれば……」

 イフェイオンはつらそうに顔をゆがめて、アイリスの肩を支えてくれました。
 明らかに、さっきまでのイフェイオンとは様子が違います。

「イフェイオン、ありがとう。あなたがいなかったら、私、殺されていたわ」
「違うよ、アイリスが僕を助けてくれたんだ。ありがとう。すぐに傷の手当てをしなきゃ」

 イフェイオンはアイリスを抱き上げると、すぐさま町へ戻ろうとしました。
 アイリスは慌てて言いました。

「イフェイオン、待って。泉の底に青の宝玉があるの。それを取りに行かなきゃ」
「アイリスには無理だよ。僕が行くから、ここで待ってて」

 イフェイオンはアイリスをそっと地面に降ろすと、自分は勢いよく泉に飛び込みました。

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