ナンカヨウカイ「折る」④
「まひるっち! まひるっち!」
……うるせえ、何だよ。
「ああ、まひるっち。乱暴で人使いが荒かったけど、けっこういい奴だったのに……安らかに眠ってね」
おい。
「勝手に殺すな、アホ河童」
「あ、おはよ」
目をあけると、ワタルのへらへらしたツラが見えた。
どうやら気を失っている間に、事務室に運ばれたらしい。
「おい、ワタル。ふざけんじゃねーぞ。何が『俺にまかせてよ!』だ。さっさと助けに来いっつーの」
「やだなぁ、ちゃんと助けたよ! まひるっち以外のヒトたちは、みーんな無事だよ」
「俺も含めて助けろよ!」
「まひるっちは、こんなことぐらいでくたばらないでしょ」
「くたばらなくたって、苦しいもんは苦しいんだよ!」
起き上がるついでに、俺はワタルにゲンコツを一発お見舞いしてやった。
その時だ。俺は、自分が手の中に何か握っていることに気付いた。
「あん?」
意識を失う直前、がむしゃらにつかんだモノ。
手を開くと、そこにあったのは――。
「紙くず?」
クシャクシャになって、折りたたまれた紙くずだ。
まだぐっしょり濡れている。無理に広げると破れてしまうだろう。
「なあワタル、これってさ……」
まだゲンコツに悶絶しているワタルに、俺が訊ねようとした時だった。
「ああああ、よかったぁ!!」
ずっと部屋のすみっこで座り込んでいたメガネの男が、突然叫んで立ち上がると、俺の目の前まで飛んできた。
「おい、ワタル。コイツ誰?」
「大野さん。プールアイランドの管理責任者だよ」
責任者の割には若そうに見える。が、髪にはぽさぽさと白髪が生えていた。苦労が多いと白髪が増えると聞くが、コイツもそのクチかもしれない。
「よかった! バイトくん、気分はどう?!」
「最悪だよ」
「そうでしょうねえ、うんうん、ああ、よかった!」
話聞いてねえ。
「ああ、けど本当にどうなっているんだろう。これでもう4回目だ……このプールが呪われているっていうのは、本当なんだろうか……」
「は?」
「4回目って……呪われてるって、何のこと?」
ワタルも首をかしげている。
「今年に入ってから、もう4回目なんだよね。謎の音が鳴り響くと、プールの水が急に荒れだして、渦を巻いたり激しく波立ったりするのがさ」
俺とワタルは顔を見合わせた。
「最初は小さい渦でね、すぐに治まったんだ。だけど、だんだん荒れ方が激しくなって……プールで亡くなった方が道連れを欲しがって、呪いをかけているなんて噂もあるらしくてさ。ウチで水難事故なんて起きてないのに、あることないこと広まっちゃって」
「それで、妖怪がやってる便利屋に依頼した、ってワケか」
まあ、呪いを怖がる妖怪なんていないしな。
大野は、じわっと目に涙を浮かべ、口を見事なへの字に曲げて頷いた。
「監視員のバイトもみんな怖がって逃げちゃうし、お客さんの評判もガタ落ちだし、競馬では負けるし、買ったばかりのスマホもなくすし、彼女は音信不通になっちゃうし。もう俺、どうしたらいいのか……!」
大野は顔を覆って、わあっと泣き出した。
「そんなことはどうでもいいんだけどよ、脅迫状とかは届いてないわけ?」
俺が聞くと、奴はめそめそ泣きながら首を左右に振った。
ふーむ。
今日はもうプールを閉めるということで、俺たちもお役御免となった、
「ね、どうする、まひるっち。調査はじめちゃう?」
ゲートを出たところで、ワタルがわくわくした様子で聞いてきた。
「やっぱ普通じゃないよね、プールでの怪異なんてさ。やっぱここは聞き込みからかな」
コイツ、意外と仕事熱心なんだな。
妙に感心しながらも、俺は満面の笑みを浮かべて言ってやった。
「決まってんだろ。帰って寝るわ」
「えー?」
「えー? じゃねえよバーカ! こちとら慣れねえ水にクタクタなんだよ! じゃ、所長への報告よろしくー」
「ちょっとー、まひるっちってばー」
不満そうにブーブー言うワタルを残して、俺はさっさと歩き出した。
7階建ての綺麗なマンションの、5階の角部屋。ここが俺の根城である。
本来は安月給の俺が住めるようなところじゃないんだが、ある親子の好意によって居候させてもらっているのだ。いやぁ、持つべきものは友だな。役立たずの河童くんとは雲泥の差だ。
カギをあけ、少し重いドアをぐいっと引く。ドアにつけられた風鈴が、チャイム代わりに涼しい音を立てた。
「あっ! おかえり、まひるくん!」
廊下の向こうからひょっこり顔を出したのは、今年小学1年生になったばかりの、加賀谷みゆ。
みゆは、ひよこマークのエプロンをつけて、手にはおたまを握っている。
「なんだ、みゆ。今日はお前が料理当番?」
「うん。パパ、徹夜明けだからヘロヘロなんだって。だから交代したの」
「そっか……なあ、もしかして今日カレー?」
「正解! もうちょっとでできるから待っててね」
そう言ってとびっきりの笑顔を見せると、みゆは奥へとひっこんでしまった。
俺は靴を脱ぐと、うまそうなにおいに誘われるまま、リビングへと向かったのだった。
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