「星降る町の物語」2章 風琴弾きのヘスペランサ
噴水のある広場から、楽しげな手風琴(アコーディオン)の音色が聞こえてきます。
子供たちも、夕ご飯の買い物に出てきたおばさんたちも、市場のおじさんたちも、みんな立ち止まって耳を傾けています。
風琴弾きのヘスペランサです。アイリスも駆け寄っていきました。
ヘスペランサは、ビロードのような手触りの、深緑色のジャケットを着ていて、赤い手風琴を肩からかけています。
背は高く、上着と同じ色の帽子をかぶっています。
きれいな顔立ちの人なのですが、動作はかくかくしていて、まるでマリオネットみたい。
雰囲気も話し方も変わった人ですが、町の人たちにはとても人気がありました。
彼の唄は不思議であたたかく、世界の秘密を見つけたような、厳かで特別な気持ちになるからでしょうか。
それに、彼はとても物知りで、困っている人たちには謎かけのような言葉でヒントを指し示します。
歌い終わったヘスペランサは、アイリスに向かって首をかくん、とかしげながら言いました。
「こんにちは、アイリス。」
ヘスペランサの声は、低くて甘い、耳障りのよい声です。
「こんにちは、ヘスペランサ。今日、不思議なことがあったの。」
「アイリスの不思議はいつもおもしろい。」
くっくっくっと笑いながら、彼は言いました。
それから、かくん、と空を見上げます。
「アイリスの不思議を聞きたいけれど、雨が降りそう。」
アイリスも空を見上げました。黒い雨雲が空を覆っています。
「本当だ。さっきまで夕焼けがきれいだったのに・・・。」
「雨が降ってもアイリスの不思議は聞ける。でも、アイリスが濡れてしまう。濡れてしまうと風邪を引くかもしれない。アイリスが風邪を引くのは、よくない。」
まじめな顔をして、ヘスペランサが言いました。
「ありがとう、ヘスペランサ。じゃあ今日はもう帰るね。また今度、聞いてね。」
「また今度。必ず。」
帽子を脱いで、かくん、とお辞儀をしたヘスペランサに手を振って、アイリスは家路を急ぎます。
アイリスの家は町の外れにあります。
家につく頃にはすっかり日も暮れ、ぽつぽつと雨が降り始めていました。
「ただいま。」
家に入ると、まず暖炉に火をくべて、晩ごはんの支度に取り掛かりました。
アイリスは、この家にひとりで暮らしています。
物心ついたときから、両親はいません。
亡くなったのか、どこか遠くにいるのかさえ知りません。
それを不思議に思ったことも、寂しいと思ったこともありませんでした。
晩ごはんのシチューを食べると、アイリスは昨日読んでいた本の続きを読み始めました。
ドラゴンと少年の冒険物語に夢中になっていると、窓が、がたん、と揺れました。
びくっとして外を見ると、雨が強くなっていました。
「そういえば毎晩降ってるなぁ。」
満天の星空なんて、どれくらい見ていないんだろう、とアイリスは思いました。
そうです。そういえば毎晩雨なのです。
今までは疑問に思ったこともありませんでしたが、昼間どんなによい天気でも、夜には決まって雨が降っているのです。
「今日は不思議なことに気がつく日だったなぁ。」
ついでに今度ヘスペランサに聞いてみよう、と思いながら、アイリスは眠りました。
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