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コロナで事業閉鎖して1年。そしていま。

前職を辞めて、もうすぐ1年が経つ。

以前私は、会社が自主廃業することについて記事を書いた。今振り返ると、きれいにまとめすぎたような気がしている。きっと、そう思いたい(この記事のような心でありたい)一心で、書いたようにも思える。

会社がなくなる直前、いろんなことがあった。

最終出勤日。業務終了後、私たち社員は、一ヶ所に集められた。きっと労いの言葉があるのだろう。そう思っていた私は、これから話す代表の言葉に、耳を疑った。

事の発端は、退職日をめぐる問題だった。当初代表は、5月末で事業を閉鎖すると言った。けれども5月半ば、突然「5月30日に変更する」と言い出した。私と部下は「突然の変更は困る。当初の通り、月末にしてほしい」と言った。たった1日の違いかもしれない。だが、退職日が1日変わるだけで、社会保険の加入期間が、1か月間変わってしまう。手続きだってしなければいけない。今後も、会社員での働きを希望していた私たちにとっては、頭の痛い話だった。

この話はその場で納得してもらい、終わったように思っていた。しかしどうやら違ったようだ。代表は「君らのせいで、会社が迷惑する」「たった1か月が、人生に何の影響がある」と、顔を真っ赤にし、唇をわなわなさせながら言った。

それだけではなかった。当時私は、取引先から一緒に働かないかと声を掛けてもらっていた。世間は1回目の緊急事態宣言発令中。一旦落ち着いて仕事を探そうにも、前例のない状況に、求人すら掲載されていない。「事務職ができるだけで嬉しい」「こんな状況下(コロナ禍)で声を掛けてもらえるなんてありがたい」。そう思っていた私は、いただいた話を受けようと考えていた。

そのことについて、「あいつ(私のこと)は、社内をひっかき回すから、(取引先に)採用しないようにお願いしとけ」と、代表が影で言っていたのを、人伝えで耳にした。


なぜこんなことを、言われないといけないんだ。私が信じてきた道は間違っていたのか。怒りや悲しみ、驚きや虚しさ。一言では表せない感情が、一気にこみ上げてきた。だがそうも言ってられない。周りを見渡せば、多くの人が仕事を失い、大変な思いをしている。この状況は私だけじゃない。頭の中で何度もそう言い聞かせ、納得しようとした。けれども心は、積み上げてきたものが、崩れていくのを感じていた。

結局私は何も言い返さず、「わかりました」「お世話になりました」とだけ伝え、それ以上語ることなく職場を後にした。

それからというもの、確実に自分らしさを見失っていた。取引先で勤めだした私は、任された仕事はきちんとこなしていたが、必要以上の会話を避けた。目立ちたくはない。そしてもう二度と、あんな辛い思いはしたくない。自然とそんな気持ちが前に出て、人とは極力関わらず、そして感情も表に出さずにいた。

これが正解だと思っていない。しかし「普通」に仕事を行い、「普通」らしく振る舞うためには、これがやっとだった。


けれどもそんな状態も長くは続かない。続けたくなかった。大げさかも知れないけれど、私にとって働くとは人生だ。仕事を「どうでもいい」と感じながら働き続けることは、これから先、仕事以外でも、いろんなことを諦めて過ごしてしまう気がした。そんなの自分らしくない。もうこれ以上、自分の気持ちを偽るのはやめよう。一旦、自分自身に立ち返り、自分らしく働ける場所を探そうと思い、仕事を辞める決心をした。その矢先だった。

前職の部下から「春奈ちゃんに合いそうな求人見つけたよ!」と、一通のLINE。続く内容は「2021年1月新設、総務職募集」の文字だった。まるで見計らったようなタイミング。一瞬戸惑いはしたものの、会社情報を調べていくと、その会社の理念に共感できる部分がいくつもあった。気づけば私は「挑戦したい」の気持ちで、片っ端から会社情報を調べていた。

事務職は、コロナ前も倍率が高い。コロナ禍で状況はもっと厳しいはず。受かるかどうかは分からない。だけどもう、後悔するような生き方はしたくない。私は面接を突破するため、細かく戦略を立て、時間が許す限り面接に向き合った。その結果、まさかの採用をいただいた。

現在私は、フルテック株式会社 福岡支店で、新規立ち上げメンバーとして働いている。私は今、私らしく働いている。

振り返ると、とてもつらかった1年だったが、私は2つのことを学んだ。

ひとつ目は、自分を信じ、そして大切な人の言葉に耳を傾けること。会社を離れた後、私は必要以上に自分を責めることが多かった。代表の心ない一言が、私自身を否定された気がしたからだ。こんなことなら、はやく辞めればよかったと、何度も後悔した。だが本当にそうだろうか。いやちがう。仕事は十分にやってきた。楽しいこともたくさんあった。それでいいじゃないか。いまは素直にそう思える。

困ったときは、自分をよく知る大切な人の言葉に、耳を傾けるといい。友人は私にこんな言葉を言った。「他人からミスを指摘されても、人格を否定される必要はないよ」。この言葉と出会った私は、もう自分を否定するのをやめた。心無い言葉に捉われている自分が、馬鹿馬鹿しく思えてきた。

本当に大切にしたい人は、困ったときは励まし、間違ったときは厳しく叱ってくれる存在だ。傷ついた私を、さらに傷つけるようなことはしない。私は唯一無二の自分のために、心に留める言葉を選んでいこうと決めた。心に残す言葉は、前向きな言葉でありたい。


ふたつ目は、ネガティブな感情に正直であること。私は今回のことを、周囲に心配掛けまいと、あまり口にしなかった。だがネガティブな感情に蓋をしたところで、いつまでたっても消えはしない。しかも厄介なことに、ネガティブは、ふとした拍子に自身の言動となって現れる。いつしかネガティブに支配され、気づけば自信を失っていく。元来ネガティブな私は、改めてネガティブって手強さを知った。

だからそうなる前に、どこかに本音を吐き出す場所を見つけておく。ノートに書くもよし。大切な人に話すもよし。納得いくまで繰り返すことで、尖っていた感情は次第に角が取れ、心が楽になる。

つらい感情こそ、きちんと向き合い、きちんと消化する。それが前に進むためには、なによりも必要だ。つらい現実と向き合うは、そう簡単ではない。胸だって苦しくなる。けれど本当の答えは、自分の心だけしか知らない。時間が掛かっても、ゆっくり心の鎖を解いていこう。他の誰でもない、たった一度の、自分らしい人生を歩むために。

わぁぁーーーー!!が、、、頑張ります!!